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建築が人に語るもの ~建物は人が作るが、今度は建物が人を作る

身辺が落ち着いたら、もう一度ゆっくり建築を勉強したいと思う。

美術や音楽も好きだが、それにも増して究めたいと思うからだ。

なぜなら、建築は、人間と社会の基盤だから。

ドイツの諺は次のように述べている。

建物は人が作るが、今度は建物が人を作る

まさにその通りだ。

人の心理は建物に左右される。

明るく広々した住まいに住めば心も明るく、余裕も生まれるが、牢獄みたいにじめじめした、みずぼらしい家に住めば、人の心もそのように荒んでいく。

オランダにはもっと素敵な言葉がある。

世界を創りたもうたのは神だが、オランダはオランダ人が作った

建物も、国土も、人が作り出し、やがて、それにふさわしいものになっていく。

建物も国土も、その国民のスピリットそのものなのだ。

*

サルから進化した人類がまず最初にこしらえたのは『住居』だ。

雨風をしのぎ、心地よい寝床を得るために、穴を掘り、泥を固め、石を積み上げて、原野に「住居」を作り出した。

もちろん、鳥や虫たちも、「巣」という住居を作るが、人間の住居と決定的に違うのは、「巣」には最低限の機能しかないという点だ。

人間には、美を楽しむ感性がある。

質を向上させるための創意工夫がある。

無から有を生み出す創造性がある。

岩をくり貫いただけの竪穴式住居が、何千年という時をかけて、

神の声が響くゴシックの教会に、

洒落たジョージアン・スタイルの家に、

雲をつくようなインテリジェント・ビルに進化したのも、

人間だけが美を理解し、作り出すことができるからだ。

*

たとえ建築に興味のない人でも、モダンな美術館に足を踏み入れた瞬間、異次元に迷いこんだような感覚に襲われたり、藁葺き屋根の山荘に温もりを覚えたり、ガラスカーテンウォールのアトリウムに現代の躍動感を感じたり、様々な建築的体験があるはずだ。

建物は、様々に人の五感に響く。

色。形。手触り。匂い。奥行き。ボリューム。

「高いなあ」「綺麗だなあ」とはっきり意識することもあれば、何となく居心地が悪かったり、いつまでも心に残ったり、無形の感覚として人に作用することもある。

そして、建物が絵や音楽と決定的に違うのは、常にその場に存在するものであり、万人が集う公共空間に共有される点だ。

たとえば壁に飾られた一枚の絵は、壁の周りにだけ影響するが、住宅地に建つ高層マンションは四方八方に影響する。

音楽もボリュームを落とし、誰も聞かなければ存在しないが、建物は否応にでも人々の目に入る。

逃げることも、無視することも適わず、絶えずその場で主張し続ける。

建物は拡声器のように空間を支配し、人の五感に影響するものだ。

だから絵や音楽のように間違いは許されないのである。

建築は生産物であり、芸術品であり、町や国のシンボルでもある。

そして、都市も、人も、その建物の中で作られる。

建物は人が作るが、今度は建物が人を作る』のである。

建築を学ぶことは、個と公の関わりを考察することでもある。

私たちは多くの制約に縛り、縛られた社会で、どこまで自我を通すことが許されるのか。

その答えを得る時、私たちは、個と公が一体となって時代を作る手応えを実感することが出来るのではないだろうか。

1999年6月12日のメモ書きを元に

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