第二章 接続ミッション ~ウミガメ (13)

マードック夫人とリズの会話

父の不運な最期を知ったヴァルターは再び塞ぎ込み、明日の接続ミッションもどうなるか分からない。
ミッションを見届ける為に、アルと共にプラットフォーム入りしたリズは総務部長のマードック夫人から様子を聞く。
夫人はヴァルターの心の傷に同情しながらもミッションの完遂を第一に考え、「引くも勇気、諦めるのも強さ」と説く。

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午後一時過ぎ、アルバトロス号が採鉱プラットフォームの船着き場に到着すると、ミセス・マードックが一行を迎えた。

アル・マクダエルを筆頭に、セス、リズ、エイドリアン、エンタープライズ社採鉱事業部の役員、製錬所の技術主任、MIGエンジニアリング社の上級技師が揃ってプラットフォーム入りし、真っ直ぐブリッジに向かった。今夜はプラットフォームに宿泊し、明朝、全スタッフと行動を共にする予定だ。

ブリッジに着くと、ミセス・マードックがそれぞれの居室に案内した。アルと三人の役員、ブライト親子は五階のゲストルームに、リズは一階奥に設けられた女性専用エリアに宿泊することになった。

女性専用エリアは電子錠付パーティションで仕切られ、海側に居室、甲板側に共有シャワー室と休憩室がある。定員は十二名、いずれも個室だ。また女性専用エリアだけはクリームイエローの花柄クロスが使われ、カーペットもまろやかなピンクベージュである。

「女性職員の待遇も何かと気を使うのよ。既婚者は数週間に及ぶ海上勤務はまず無理だし、若いお嬢さんの場合、性的な問題もあるから」

「そうでしょうね」

「総務部のミカエラも来月でプラットフォームから製錬所に異動するの。長身でスパニッシュの彼女よ。二十四歳の時から嫌な顔ひとつせず海上勤務をこなして、仕事も迅速、男性に冷やかされても右から左に聞き流せる人だったから、貴重な存在だったけど、結婚となれば仕方ないわね」

ミセス・マードックは溜め息をつき、廊下の一番突き当たりの居室を開いた。

「ここを使ってた人も半年前に辞めたわ。精神的にどうしても続かなかったの。上司と話し合って、彼女だけ勤務スケジュールを短期サイクルにしたり、オンラインの陸上勤務を増やしたり、いろいろ改善策も試みたけど、やはり海上勤務は耐えられなかったみたい。安全性の問題から、女性はどうしてもブリッジに閉じこもりがちだし、周りは男性ばかりでしょう。食堂でも娯楽室でも落ち着かず、話し相手もなくて淋しかったみたい。あなたと同じ二十四歳だったわ」

「分かる気がします」

「かといって男ばかりの職場にしたくないのよね。数人でも女性が居ると、男性も行儀がよくなるし、場も和むから」

「行儀……ですか?」

「そうよ。あなたの友人も、あなたの前ではちょっと格好つけてるじゃないの。うちに食事に来た時も、私と主人と三人の時は大口開けて食べてたくせに、あなたの前ではずいぶん澄ましてたでしょう。本人がどう繕うと、傍目には意識しているのが丸わかり。あなたのこと、相当気に入ってるはずよ。荷物はそこのロッカーを使ってちょうだい。ベッドの上と下にも収納棚があるわ。居室のバスルームが使いにくければ共有シャワー室を使ってね。女性用だけ、ちょっと上等なの」

「ありがとうございます」

「それで夕方のミーティングにはあなたも出席するの?」

「まだ分かりません。私は見学に来ただけですから」

「そうね。顔を出せば、かえって周りに気を遣わせるわね」

「ミーティングには関係者全員が出席するのですか?」

「そうではなく、あなたの気がかりは別でしょう」

ミセス・マードックが胸中を推し量るように言うと、

「本当に大丈夫なのですか」

リズは不安げに訊いた。

「父から聞きました。ひどく落ち込んでいると」

「私も確かなことは言えないけど、あれは単純に『悲しい記憶』ではなく、心的外傷と呼ばれるものじゃないかしら。事故や災害といった悲惨な体験がきっかけで、何度も同じ場面がフラッシュバックしたり、悪夢にうなされたりするの。鬱や情緒不安で、何年、何十年と苦しむ人もあるそうよ。私も一度、目の前で買い物客がエレベーターに挟まれるのを目撃した事があってね。大事には至らなかったけど、ぎゃーっという悲鳴が今も生々しく記憶に残っているわ。それ以来、エレベーターが閉まる度に、自分も挟まれるんじゃないかと不安を覚えずにいないほど。あの人の場合、最愛のお父さんが亡くなって、家も故郷も洪水で流されたでしょう。悲しいとか不安なんてものじゃない。自分の半身を失うような衝撃だったはずよ。夕べも悪夢にうなされたと言ってたから、子供の頃から発作を繰り返してきたのではないかしら」

「じゃあ、明日は……」

「どうでしょうね。あの人も幼子じゃないから、いざとなれば気持ちがしっかりするでしょうけど、今朝も顔面蒼白で、食事もほとんど喉を通らないような様子だったから、本人の意思とは関係なく止めさせた方がいいような気もするわ」

「でも、そうなったら立場が悪くなりませんか」

「それは心配ないと思うわ。変な言い方だけど、あの人は接続ミッションに呼ばれたのであって、プラットフォームに配属されたわけではないから。ミッションが終われば他に行くことになるのだし、今度のことで皆の印象を悪くしても、後々まで考課に響くことはないと思うわ」

「でも、あんなに一所懸命なのに……」

「可哀想だけど仕方ないわ。一つ間違えば命取りになるミッションだもの。無理して事故が起きれば、それこそ取り返しがつかないから。引くも勇気、諦めるのも強さよ」

「でも、誤解されませんか?」

「大丈夫よ。理事長はこんな事で評価を下げたりなさらないわ。この一ヶ月、死に物狂いで取り組んできたのは理事長もご存じだし、周りも理解してる。むしろ自身のコンディションを冷静に見極め、適切な判断を下す方がよほど重要よ。前の主任会議で仰ったでしょう。『そこにプロテウスが存在しようと、しよまいと、接続作業を完遂できるのか』と。あれは私たちに対する厳命であり、彼に対する猶予よ。言い換えれば、彼の意思は二の次なの」

「それではまるで道化ではありませんか」

「見ようによってはそうかもしれない。でも、彼が来て、現場が揺れて、また一つになって、それはそれで良かったのよ。私たちも決意を新たにしたし、いざとなればプロテウスが出るという安心感もある。みな無人機、無人機と言うけれど、じゃあ、無人機だけで心底やり遂げる自信があるかといえば、それも怪しい。あれほどレビンソンを嫌いながらも、いざその人が居なくなれば右往左往するようなレベルだったのだから。でも、彼が来て選択の幅が広がったし、新たな希望も湧いた。それだけで十分意味があるわ。それより、あなたの一番の関心事は、ミッションの成功より彼との繋がりでしょう」

「いえ、そんなことは……」

「無理しないで。ミッションの成功も、男性とのお付き合いも、あなたにとって同じくらい重要なはずよ。私もあなたと似たような立場だったから分かるの。彼が仕事で失敗したら、親に反対されると思ってるんじゃない?」

「……」

カリーナは眼鏡の縁をくいと指先で押し上げると、先輩女性の表情で言った。

「トリヴィアの『MORAVIA(モラヴィア)』という会社をご存じ? MIGと業務提携しているガラスメーカーよ。家庭用グラス食器や工業用ガラス素材など、様々なガラス製品を手がけているわ」

「ええ、名前だけは存じています」

「社長のアダム・チェルヴィンスキー。それが私の父なの」

リズは目を丸くし、カリーナの顔をのぞき込んだ。

「私には二人の兄がいて、それぞれMORAVIAの要職に就いてるけど、私は気ままな末娘で、ちょっとした反抗心からインダストリアル社に就職したの。最初の数年は経理部で基礎的な業務を手がけてたけど、三十歳の時、アステリアのエンタープライズ社で働いてみないかと誘いを受けててね。観光がてらに六週間ほど研修に訪れたの。その時、採鉱システム開発者のラファウを紹介されてね。キリンみたいに背は高いし、作業服は機械油でドロドロだし、最初は目が点になったわ。でも、すぐにヘルメットの下の優しい眼差しに気付いてね。研修期間が終わって、トリヴィアに帰る日には『必ず会いに行く』と約束してくれたけど、全然期待してなかった。離ればなれになれば、きっと忘れ去られると思ってたから。そしたら、本当にトリヴィアに来てくれてね。ほんの数時間、顔を見るためによ。その後も電話やメールで連絡を取り合って、半年後にはエンタープライズ社への出向に同意したわ。そして、一年後にプロポーズされて、何もかも順調と思ったら、父は激怒するし、母は大火事みたいに騒ぐし、もう大変。ラファウのこと、流れの職工ぐらいにしか思ってなかったのね。ある日、とうとう両親そろってアステリアにやって来て、ラファウの仕事場――その時はまだ造船所の敷地内にあったのだけど、そこまで乗り込んで行ったのよ。そこでラファウを掴まえて、仕事場に響き渡るような声で責め立てて、まるでホームドラマよ。そこに、たまたま理事長が来られてね。ラファウと差しで仕事の話を始めたから、両親にとっては青天の霹靂よ。『アル・マクダエル社長のお墨付き』というだけで突然へーこらしだすの。本当に馬鹿みたい。まあ、昔も今も、仕事が男性の評価の大きなポイントであることに変わりないし、あなたがお父さまの心証を気にするのも当然でしょう。まして、あなたのお父さまは地位も責務も段違い。『父親に認められる人であって欲しい』と期待するのが普通だと思うわ。ただね、今回に限っては、プロテウスの手技の良し悪しではなく、彼の判断と態度に評価を置かれているような気がするの。ミッションの成否は私たちの問題であって、彼の責任ではないから」

「失敗しても、ですか?」

「彼が手技に失敗しても、ミッションは完遂する。それが私たちの使命よ。一つ段取りが狂ったぐらいで全てが崩壊するほど柔じゃないわ」

ミセス・マードックは余裕綽々の笑みを浮かべると、

「さあ、一緒に上に行きましょう。ミーティングが始まるまで、総務部でゆっくりするといいわ。プラットフォームに居れば、いずれ彼と話す機会もあるでしょう。あなたの顔を見れば、彼も意欲を取り戻すんじゃない?」

そうだろうか……と不安に揺れながら、リズは総務室に向かった。

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この記事を書いた人

石田朋子

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。科学番組の全盛期に子供時代を過ごした影響でSFを書いています。モットーは『Newtonから月刊ムー』まで。文芸とサイエンスを融合した新しいスタイルの作品を手掛けています。

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