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深海で採鉱システムの揚鉱管を繋ぐ ~潜水艇のマニピュレータ操作と接続

あらすじ
深海での揚鉱管接続ミッションを求められ、未経験の水中作業に戸惑うヴァルター。潜水艇の運航主任フーリエは子供の玩具のように大きな機械のパーツを見せ、「オレでも深海でマドレーヌが焼ける」とヴァルターを励ます。有索無人機ROVの動画とあわせて。
目次

【小説の概要】 深海で揚鉱管を繋ぐ

潜水艇パイロットのヴァルター・フォーゲルは、特殊鋼メーカーの雄であり、カリスマ的な経営者で知られるアル・マクダエルから直々に仕事をオファーされ、水深3000メートル下から海底鉱物資源(海台クラスト)を採掘する事業をサポートする為、海の惑星アステリアの洋上プラットフォームにやって来る。

潜水艇プロテウスの役割が「深海での揚鉱管の接続作業」と知り、アル・マクダエルの騙し討ちに憤るヴァルターだったが、採鉱システムのプロジェクト・サブリーダーのマードックに諫められ、気を取り直して、ミッション二日目に挑む。

その日は、プロテウスの運行管理部のフーリエがヴァルターに水中作業のレクチャーを行う。

フーリエは、子供のオモチャみたいに大きく、単純な形状のパーツを見せ、「オレでも海底でマドレーヌが焼ける」とヴァルターを励ます。

彼は隅っこの席で黙々と温野菜サラダを口に運びながら、ここの調理師は腕がいいと直感した。ブロッコリーやサヤインゲンは冷凍を使っているが、バルサミコ酢に醤油と蜂蜜を和えたドレッシングは間違いなく手作りだ。スパニッシュオムレツもパック入りを加熱したのではなく、一つずつ調理師が焼いている。(これは三食が楽しみだ)と顔をほころばせながら、いつもの倍ほど平らげると、タワーデリックのオペレーションルームに向かった。

マードックは既に二人の後輩と仕事に取りかかっていたが、彼の姿を見ると、「今日は先に格納庫に行ってくれないか。僕はこれから大事な点検作業があって、午前中は時間が取れないんだ」と断りを入れた。

「それは構わないよ」

「今日は運航管理部のフーリエが来る。プロテウスに搭載する機材や集鉱機の仕組みについて教わるといい」

「『フーリエ』って、熱伝導方程式のフーリエ?」

「そう。数学者のジャン・バティスト・ジョゼフ・フーリエと同じ、フーリエだ」

オペレーションエリアの格納庫に足を運ぶと、今朝はシャッターが全開になり、中の様子が一望できる。内部は自然光だけで十分に明るく、ラジオの音楽番組がかなりの音量で鳴っている。

左半分の整備エリアには、全長八メートルのビートル型破砕機と全長九メートルのドーザー型集鉱機が鎮座し、間近で見ると想像以上の迫力だ。どちらも目に眩しいほどの白色で、部分的に黄色や緑色に色付けされている。

重機の周囲には、梯子付きの作業台やリフト、コンプレッサー、溶接機、工具箱が置かれ、その様はプルザネの格納庫と変わりない。

やがて年配の整備員がやって来て、彼の姿に気付くと、「ノボロスキ社の人?」と聞いた。彼が頭を振り、「フーリエさんに会いたい」と言うと、整備員は壁時計を見やり、「もう半時間もすれば来るはずだ」と答えて、工具箱を片手に格納庫の外に行ってしまった。

彼はしばらくその場に立ち尽くしていたが、右の奥の方でガラガラとパネル式の移動間仕切りを引く音が聞こえると、そちらに足を向けた。

プロテウスだ。

夕べはじっくり見る余裕もなかったが、船体前面に取り付けられた装置が幾つか異なる。八つ目のロブスターみたいな外観はそっくりだが、マニピュレータは海洋調査で使っていたものよりアームが長めで、径も太く、リスト(手首)には光源付カメラが取り付けられている。手先の動きを拡大ビデオで確認する為だ。

また計測プローブや試料採取用のバスケットは無く、代わりに小型無人機を搭載するランチャーとアンビリカブルケーブルの巻取機が備え付けられている。ランチャーの大きさから察するに、小型無人機は四〇センチ前後。ケーブルは三十メートルほどか。遠隔操作といっても、対象物にかなり近接して作業するのは確かだ。

それにしても、これらの機材をアレンジし、自らもプロテウスで潜って水中作業をしていたジム・レビンソンとは一体何者なのか。昨日、マードックに写真も見せてもらったが、一言では形容しがたい容姿だった。言葉は悪いが、「酒とクスリで歯がボロボロになった髑髏(ドクロ)船の親玉」という感じ。マードック曰く、大酒と暴言は日常茶飯事、手を上げることはなかったが、精神的に痛めつけられた新人は多く、それが原因で退職した者も一人や二人ではないらしい。そのくせ仕事は完璧で、採鉱システムに問題が生じても、ちょいちょいと修復し、誰も考えつかないような方策を持ち出して、たちまちグレードアップしてしまう。ゆえに誰も面と向かって文句は言えず、アル・マクダエルさえクビにできなかったそうだ。

「よく我慢して二十年近くも付き合ったな」と嘆息すると、「あの人のムラっ気にはパターンがある。機嫌のいい時にどんどん仕事を進めて、風向きが変われば距離を置くんだ。コツさえ掴めば、そこまで害は無い」とマードックらしい卓見だ。そんな難物の後に続くのは気が引けるが、ここは初心に返って、一から学び直すしかない。

と、その時。

一人の若い整備士が向こうからやって来て、「ノボロスキ社の人?」とさっきと同じ事を聞いた。

「いや、フーリエさんを待っているんだが」

「フーリエなら、『中』だよ」

「中?」

すると整備士は作業台の梯子をとんとんと登り、ハッチの上から「フーリエ!」と呼びかけた。中の人が返事すると、「誰か来てるよ」と整備士は大声で伝えた。

程なくハッチから顔を出したのは、パリの下町でバゲットでも焼いてそうな丸顔の中年男性だった。フーリエというから、どんな厳めしい学者面かと想像していたら、こっちのフーリエはバターの香ばしい匂いがする。

「Bonjour(ボンジユール), Monsieur(ムツシユー)」

彼が挨拶すると、フーリエはきょとんと彼の顔を見ていたが、

「Un petit prince à Marseille? (マルセイユの小さな王子さま)」

と聞き返した。

「小さい王子(プティ・プリンス)?」

「夕べ、理事長に聞いたんだ。新しいパイロットは『マルセイユの小さな王子さま』だと。どんな紅顔の美少年が来るのかと思ったら、なんだ、おっさんじゃねえか」

「俺はまだ三十だ」

「三十なら立派なおっさんだ。オレが三十の時には結婚して娘もいた。お前、女房と子供は?」

「Non(ノン)(いいや)」

「情けない野郎だ。港で遊びすぎたな。まあ、いい。海の仕事は独り者の方が好都合だ。女房を持つと海上勤務の度に文句を言われる」

フーリエは「よっこらしょ」と丸い体躯をハッチの外に出すと、馴れた足取りで梯子を下りてきた。

背丈は彼より頭一つ分低いが、熟練の人らしく、どんと腹の据わったような貫禄がある。頭の天辺は淋しいが、艶のある黒髪で、パン・ド・カンパーニュ(フランス風田舎パン)のような丸顔にきょろりとした黒い瞳が印象的だ。

ジュール・フーリエはプロテウスの整備と運航の責任者だ。三十三歳までフランス北西部の港町シェルブールの造船会社に勤めていたが、十二年前、プロテウスの改修の為、何人かの技師と一緒にアステリアを訪れた際、アル・マクダエルに声をかけられ、そのまま居着いたらしい。ちなみに、海洋技術センターのプロテウスを建造したのもシェルブールの造船会社だ。

フーリエの正式な所属はMIGではなく、皆が「ノボロスキ社」と呼んでいる《ノボロスキ・マリンテクノロジー社》だ。

ノボロスキ社は、アル・マクダエルが招来した古参企業の一つで、創業五十年。北海、バルト海、北極海を中心に、海洋調査機器の製作や船舶設備の開発などで実績がある。一時期、海軍の技術開発にも協力していたらしいが、政治的駆け引きに負け、ノボロスキ社は存続の危機に陥った。アステリア誘致の話を聞いた時、社長のイリヤ・ノボロスキは随分迷ったそうだが、「あんたの所も儲けさせてやろうじゃないか」というアル・マクダエルの口説き文句に心を動かされ、死なば諸(もろ)共(とも)の気持ちでアステリア進出を決めた。社員とその家族を丸ごと抱えての民族大移動だったが、一か八かの賭けは大当たりし、今ではアステリアを代表する造船メーカーとして民間から官界まで注文を一手に引き受けている。

現在、プロテウスと水中機器の整備はノボロスキ社に委託しており、フーリエをはじめ、ノボロスキ社の技師や整備員が入れ替わり立ち替わりでプラットフォームにやって来るため、彼もノボロスキ社の社員と勘違いされたようだ。

「それで、何が知りたいんだ? 一二〇回の潜航経験があるんだろう? 片目をつぶっても操縦できるだろうが」

「深海で集鉱機と揚鉱管を接続すると聞いた。だが、俺は海洋調査が専門で、機械の接続はまるで経験がない。だから戸惑っている」

「だが、深海でサンプリングや写真撮影をしてたんだろ?」

「それとこれとは訳が違う」

「そう尖るなよ。基本は同じだ。騒ぎ立てるほどの事じゃない」

フーリエは彼を格納庫の壁際に連れて行き、スチールラックに無造作に置かれた部品の数々を見せた。まるで玩具のブロックみたいに大きな六角形ボルト、コネクター、フランジナット、レバーハンドル。部品といっても一つ一つが大人の拳大ほどあり、ノブもプラグもセレクタスイッチも形状は非常にシンプルだ。大半が蛍光色の緑や黄で色付けされ、水中でも識別しやすいよう工夫がなされている。
「《接続ミッション》といえば大層だが、一つは管の口と口を合わせて、セレクタスイッチをOFFからONに切り替えるだけ。もう一つは、大人の掌ほどのプラグを差し込んで、ケーブルを繋ぎ替えるだけだ。多くの部品は接合した瞬間に自動的に回転して、凹凸がガッチリ嵌まる仕様になっている。複雑な操作は何一つない。若いオペレーターでも実験プールで半時間とかからずやってのけた」

「だが、実験プールと深海は異なる」

「確かに。だが、この一世紀、ステラマリスの石油プラットフォームでも、水深数百メートルの環境で、無人機を使って同様の操作をしているが、事故が起きたことは一度もない。高電圧リアクターも、海上のオペレーションルームで主電源をONにするまでは通電しないんだ。まさかお前の存在を無視して、海中で丸焼きにはせんだろうよ」

「丸焼きになる前に、電気ショックで即死すると思うが」

「真顔で反論するなよ。お前も生真面目だな。どれ、試しにオレが実演してやろう。ここにあるのはプロトタイプの残骸だが、現在の重機や揚鉱管にインストールされている部品とほとんど変わらない。オレがマニピュレータでちょいちょいとネジを締めて見せれば、お前も納得するだろう」

フーリエは六角形の大型ノブがはめ込まれた金属プレートや、腕の太さほどあるオス・メスの円筒コネクター、掌サイズのセレクタスイッチをワゴンに載せると、プロテウスの前面に配置し、自身は耐圧殻に乗り込んだ。

ほどなく一部の電源が入り、フーリエが操縦席のコンソールからロブスターのハサミのようなマニピュレータを動かしてみせた。油圧による速度制御(レートコントロール)方式で、ゲーム機のようなジョイスティック型ハンドコントローラーで操作する。

アームの全長は一・八メートル。海洋技術センターの「プロテウス」のアームは一・五メートルだったから、それより三〇センチ長い。人間の腕と同じように主アーム、上腕、前腕、手など、複数のパートからなり、四つの指を持つグリッパ、リスト(手首)、長さ四〇センチの前腕、五〇センチの上腕、さらに九〇センチの主アームと続き、リストの関節は三六〇度、その他の関節は一二〇度の回転が可能だ。
フーリエはアームを進展すると、四つ指のグリッパを開いて、六角形の大型ノブをつまんだ。それからもう片方のグリッパで金属プレートを縦にして、ノブを右に左に回して見せる。動きもスムーズだ。

次に直径九センチのオス・メス円筒コネクターを取り上げる。

右手に凸型、左手に凹型のコネクターを把持し、大小の筒を重ね合わせるように接合すると、二つのコネクターはがっちり噛み合い、ちょっと引っ張ったぐらいではびくともしない。

掌サイズのセレクタスイッチも同様だ。真ん中のつまみを四つ指のグリッパで挟んで、左右に切り替えるだけ。摂氏三〇〇度の熱水噴出孔の周りでウロウロするカニを捕まえたり、岩の割れ目からぽつぽつ湧き出す小さなバブルを細長い気体採取チューブに回収するより簡単だ。

実演が終わると、フーリエはハッチから顔を出し、「どうだ、大騒ぎするほどの事じゃないだろう」と快活に笑った。

彼は改めてマニピュレータを見やり、これなら出来るかもしれないと納得する。

フーリエはプロテウスから降りて彼の隣に立つと、一緒に船体を見上げ、

「接続作業に併せて改造している部分は多々あるが、基本はまったく同じだ。理事長はシェルブールの造船会社から設計図を購入し、海洋技術センターのプロテウスと全く同じものを作らせたんだから」

「だが、なぜプロテウスを?」

「聞いた話じゃ、潜水艇の設計図を売ってくれたのはシェルブールの造船会社だけだったそうだ。他は企業機密や権利の問題で断られたらしい」

「そんなにまでして建造する必要があったのかな。無人機でも十分対応できただろうに」

「さあな。自分用に一台、欲しくなったんじゃないか」

「一台欲しくなった……って、一二〇億エルクだぞ?」

「なんだ、お前、知らないのか。あの人の個人資産は推定八兆エルクと言われている。トリヴィアの長者番付の常連だ。あの人の百億エルクは、オレ達の一千万ぐらいの感覚だよ。ちょっと奮発して高級スポーツカーでも買うような気分だ」

「真面目に働いているのが馬鹿らしくなるな」

「そうでもないさ。稼ぐ分だけ、人一倍努力してる。あれだけ身を粉にして働けば、誰も文句は言えない」

「でも、閉所恐怖症なんだろう?」

「そうだよ。オレもコンソールを改良した時に『一度、どうですか』と誘ったが、ハッチから中を覗いただけで満足してた。本当に怖いみたいだ」

「じゃあ、耐圧殻におびき出して、上からハッチを閉めれば愉快なことになりそうだな」

「お前も残酷なことを考えるなぁ」

「いつもぼろかすに言われてるんだ。これぐらい復讐の範疇にも入らない」

「それは愛がある証しだ。何の関心も無ければ、一日中寝てようが、悪態をつこうが、何も言われない。あの人に全力で叱られるなんて、お前、前途洋々だぞ」

「別にあの人に認められたくて頑張ってるわけじゃない。俺の矜持だよ。ここまで来て、『怖いから出来ません』なんて言えると思うか?」

「言えばいいじゃないか。全員の安全がかかってる。意固地でいじられて、採鉱システムを壊されたら、それこそ一大事だ」

「……」

「まあ、そう神経質になるな。今まで経験したことのない接続作業を命じられて動揺するのも分かるが、このベビー玩具のようにでかい部品と高性能マニピュレータを見ろよ。オレでも海底でマドレーヌが焼ける」

「マドレーヌは無理だが、オムレツなら作れるよ。熱水噴出孔にフライパンをかざせば、五分で出来上がりだ。だが、実際のところ、深海の超高圧で生卵を割ったら、どうなるのかな。俺が思うに……」

彼が真顔で答えると、フーリエはカカカと笑い、

「お前が気に入ったよ。オレは一週間、プラットフォームに滞在する。その間にゆっくり練習しよう。なぁに、すぐに片目をつぶっても動かせるようになるさ。二十二歳の大学生でも出来た」

フーリエは余計なことを言った。

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【リファレンス】 水中の機械作業

日本近海には石油リグがないので、ROV(有索無人機)を使った大深度のオペレーションの実際を知る機会がなかなか無いですが、水中の接続作業は、こういうのをイメージすれば分かりやすいです。

こちらは遠隔操作の模様。
どんどんハイテク化して、水中の映像も鮮明な画質が得られるようになっています。

こちらが潜水艇プロテウスのモデルとなったフランス国立海洋研究所(Ifremer)の潜水艇Natutile。

日本の「しんかい」のオペレーションに比べて、ずいぶん、荒っぽい印象がありますが、こちらも世界の先駆的存在です。クロムイエローのボディカラーが綺麗。

「海底でマドレーヌが焼ける」というのは、もちろん喩えです。

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