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人間の存在理由と深海の生き物 意味や役割があるから愛されるわけじゃない

人間の存在理由と深海の生き物 意味や役割があるから愛されるわけじゃない
海と恋の物語
潜水艇の耐圧殻から深海調査の実況に挑むヴァルターは、実況に耳を傾ける子供たちに深海のダイナミックな地形や世界観を語り、生きることに懐疑的なゾーイに理由などなくても生きることの尊さを説く。八代海の謎の海丘群やプチスポット火山の話題、実際の深海調査の模様を動画と画像で紹介します。
目次

【心のコラム】 自分探しと深海の生物

私が『海』について書き始めた動機の一つは、この詩です。

海洋小説 《曙光》 MORGENROOD
存在理由と深海の生き物 / クラゲ ~月に生まれ変わる~ 【海の生き物の詩】 | 海洋小説 《曙光》 MORGENR...
存在理由と深海の生き物 / クラゲ ~月に生まれ変わる~ 【海の生き物の詩】 | 海洋小説 《曙光》 MORGENR...なぜ 人間だけが自分は無意味などと思うのだろう。深い海の底を覗けば何のために生きているのか分からない…

書いたのは2000年初めですが、1990年代、バブル経済がはじけて氷河期に突入し、にわかに『癒やし系』や『自分探し』がブームになったことへの反発です。
「何ものかでありたい」という気持ちも分かるけど、それが全てでもなかろうし、意味だの、生き甲斐だの言い出せば、この世の大半の生物は存在する価値も無いでしょう。
それに対する答えは、私の中ではずっと変わっていません。

あわせて読みたい
  • 存在理由などなくても、とりあえず生きてみる
  • 一流のIT企業に就職したものの、周りはエリートばかり。出自に傷をもつゾーイは自分だけが場違いに感じ、ヴァルターにも「辞める」と申し出る。自分みたいな人間は生きていても仕方ないと投げやりなゾーイに対し、「日の当たらない場所で懸命に生きている生命もあるよ」と生きるためにひたすら生きる生き方もあると説く。

  • 意味が無くても、名無しでも、みんな生きてる ~君に深海を見せたい理由
  • 「深海調査の実況なんて、やるだけ無駄」と冷めた態度の後輩ゾーイに対して、なぜ深海を見せたいのか、ヴァルターが海の生き物にたとえて説明する。
    「君は前に言ってたな。どんなに一所懸命に生きても、自分は決して日の当たる場所で栄光に浴することはない。幸せでない人間にとって、生命がどうだの、生きる価値がどうだの、そんなことはどうでもいいと。でも、価値観も揺るがすようなものを目にしたら、多少は見方が変わらないか」

【小説】 人間の存在理由と深海の生き物

大勢がオンラインで見守る中、潜水艇プロテウスの中から深海調査の実況が始まる。
通信と進行でサポートするのはゾーイだ。
子供たちから様々な質問を受けながら、実況は順調に進む。

このパートは『第四章・ウェストフィリア(深海調査)』の抜粋です。作品詳細はこちら

一方、プロテウスは、ルノーが指摘した「間隙のある箇所」に差し掛かろうとしている。

そこには高さ数十センチから数メートルのマウンドが密集しており、最も狭い所ではマウンドの間隔が一メートルもない。プロテウスの横幅が二・三メートルだから、下手すれば身動きが取れなくなる。

ここまで来ると、さすがにタオも不安の色を浮かべ、窺うように彼の方を見た。

「無理しなくていいよ。誰だって、こんな所は苦手だ」

彼は操縦席を替わると、少しの間、タオを休ませた。

「ここからは操縦が難しいから、水中カメラの目を通してマウンドの様子をじっくり観察しよう。堆積物の色や形状に注意しながら、ゆっくり斜面の周りを一回りする。プロテウスのように、船自体の重さで沈む潜水艇は、一度、鉄の重りを切り離して上昇を始めたら、再び潜航はできない。潜水艇には可変バラストタンクが備わっていて、多少の上がり下がりは浮力で調整できるけどもね。このマウンドも上方まで行ってみたいが、三階建てビルほどの高さがあるから、今、頂上まで行ってしまうと、海底まで戻る過程が無駄足になる。そういう場合は、潜航能力を考えて、基底部の観察だけにとどめたり、浮上の過程でマウンドの側面を観察したり、慎重に航路を選ばないといけないんだよ」

「なんだ、プロペラで浮いたり沈んだりするんじゃなかったの?」

「潜水艇のプロペラは左右に舵取りしたり、上下の動きを微調整する機能に限られているからね。原子力潜水艦みたいに浮いたり潜ったりする馬力はないんだよ」

「案外、不便なのね」

「だから、海の探査はなかなか進まないんだ」

「それで、皆、深海ではなく、月の向こう側に行ってしまったのね」

「魚の尾びれより鳥の翼の方が軽快に飛んでゆく所以だよ。なんにせよ、人間が生まれ育った世界を飛び出して、まったく別の世界に適応するのは大変なことだ。人間に限らず、鳥でも、魚でも、それぞれの身体に適した世界があって、その中で生きるよう遺伝子にプログラムされている。どんな生命もその星の土や水から作られていて、それらも含めて一つの大きな自然のシステムを成しているからだ。たとえば、大昔は鉱物資源の生成に微生物が関与しているなど考えもしなかっただろう。だが、今では、鉄や銅やマンガンなどの鉱床に微生物の生命活動が大きな影響を与えていることが解ってる。微生物が生きるために酸素や硫黄を消化する過程で、金属成分がいろんな形に変化し、やがては鉱床と呼ばれるほど濃縮されたものになるんだ。どれ一つ欠けても自然のシステムは成り立たない。名もないナノスケールの微生物にも役割があるんだよ」

「『レゾンデートル』ってやつ?」

「人間の世界でいえばそうだけど、そもそも存在に理由などないと俺は思ってる。だって、そうだろう? 魚に『存在理由(レゾンデートル)』なんて言葉が通じる? 理由など無くとも、ちゃんと生きてるじゃないか。すべての命は、ただ存在するだけで価値が有る。『生きる』ために、生きるんだ」

「意味がよく解らないわ」

「それはね、深海の生き物を間近で見れば解る。どうして、こんな所に? というような所に、健気に生きている。何を食べているのか、どうやって繁殖するのか、まったく見当もつかないが、彼らには彼らの世界があり、生き方がある。未だ人間の目に触れず、名前もない生物もごまんといる。もし、彼らが『僕たちは何の為に生きているのだろう』と自らの存在を疑いだしたら、生きてゆかれないだろう。意味なんて、なくてもいい。『生きる』ために生きる、それが全てだ」

「そんなこと言われても、私には解らない。世の中には、自分が存在すること自体、苦痛な人もいるわ。『生きる』ために生きるなんて、上等な生き方は私にできない」

「上等、下等の問題じゃない。自然でいいんだよ。現に君はここでオンライン講義のアシスタントを務め、おかげでたくさんの子供や学生が実況を見ることができる。今日という日に、君はこの場に居なければならなかった、それが『存在』というものだよ」

「私にも役割はある、というわけね。でも、それは外部に認識されて初めて、役割としての意味を持つのではないの?」

「他の誰かが認めなくても、自分で役割を見つけることはできるよ。それに役割があっても、なくても、生きていることに変わりないじゃないか」

「そうかもしれない。でも、人って、何かしら意味や役割を認めてもらえないと、辛くなったり、虚しくなったりするんじゃない?」

「意味があるから、役割があるから、愛されるわけじゃない。出目金は、出目金というだけで、十分に愛される存在じゃないか」

「でも、世の中の大半は、そんな風に考えられないものよ。出自や、器量や、成績や、周りと見比べては自信をなくし、自己嫌悪に陥ってしまう。愛なんて、それこそ遠い海の果て――泳いでも、泳いでも、見つからないような気がする」

「それは君が愛ってものを、特別に考え過ぎているからだよ。周りをよくよく見渡せば、野の花みたいに、あちこちに咲いている」

「そうかしら」

「いつか君にも分かるよ。生きていれば、きっと」

【コラム】 何を見ても『同じ』にしか見えないパイロットにいい仕事はできない

科学の良心と、恋人リズの身の安全の間で板挟みになったヴァルターに、かつての上司、ランベール操縦士長は、「やりにくいことがあっても、その場に行けるのは『一度きり』だよ」と諭します。

「深海の珍しい生き物も、熱水が勢いよく噴き出すチムニーも、その場で出会えるのは一生に一度だ。もしかしたら、この数世紀のうちに、それを目にする人間は世界中で君一人かもしれない。それくらい稀少で、宇宙的スケールの出会いを、わたしたちは日常的に体験することができる。そうだろう?」

その言葉に、己を取り戻したヴァルターは、明日の潜航調査で何を為すべきか、はっきりと自覚します。

そんな彼にランベール操縦士長は言います。

何を見ても『同じ』にしか見えないパイロットにいい仕事はできない。たとえ目の前に別の宇宙が開けていても、それとは気付かぬものだ。発見はいつでも己の内側からやって来る。

「発見」と言うと、何か新しいものが目の前に現れて、「すごい、すごい」と狂喜乱舞するのが発見だと思いがちですが、新しいものを「新しい」と気付くのは、その人の知識や感性次第であって、何を見ても同じにしか見えない人には、たとえ目の前に新しいものが現れても、そうとは気付きません。

小さな輝き、微かな重み、昨日とは異なる色形、等々。

知識はもちろん、微細な違いを敏感に感じ取る勘や集中力があって初めて、「発見」に至るものです。

それは、さながら、己の内側から閃く如く。

誰かが肩を叩いて教えてくれるわけでもなければ、雲の隙間から光が差して、神の啓示が下るわけでもありません。

発見とは、己の中に十分に熟成した知識と感性がスパークする瞬間です。

それと見分ける知識と、錐のような集中力、常に外側に向かって開かれた、柔軟な感性があればこそ、未知なるものと繋がることができるのではないでしょうか。

潜水艇の操船は、訓練を積めば、誰でもある程度の水準に達することができますが、「何かありそうな所」に到達するには、漫然と覗き窓を眺めているだけでは成し得ません。

ランベール操縦士長が、駆け出しのヴァルターに教えたのは、操船以上に、「何か」に気付く為の知識と感性なのです。

【リファレンス】 八代海の謎の海丘群とプチスポット

謎の海丘群はこちらの論文を参考にしています。なんとなく面白そうだったので。

八代海南部の海底で発見された海丘群の潜水調査報告

2004年の9月から11月にかけ,八代海南部海域において第十管区海上保安本部所属の測量船「いそしお」によるマルチビーム測深機(SeaBat8101)を用いた沿岸測量が行われた.その結果,水俣市から西南西約10km,水深約30mの海域に直径約50m,比高約5mの海丘からなる海丘群が発見された。
伊藤弘志:海洋研究室 
和志武尚弥,那須義訓:第十管区海上保安本部

海底地形図

海洋調査 データ 八代海 海丘群
八代海 謎の海丘群

海上保安庁海洋情報部海洋調査課

この海丘群は、第十管区海上保安本部所属の測量船「いそしお」による海底地形調査により、熊本県水俣市から西南西約10キロメートルの海域において発見されました。周辺は水深約30メートルの平坦な海底で、直径約50メートル、比高約5メートルのほぼ円形の海丘約80個が密集して存在しています。それぞれの海丘は、形や大きさがほぼ等しく、北西-南東方向に並ぶように配列しています。このように平坦な海底面に突如として存在している海丘群は、他の海域ではみられない非常に珍しい地形です。そこで、この海丘の実態を把握するため、鹿児島海上保安部所属の巡視船「さつま」(船長:日高睦男、総トン数:1200トン)と同船所属の潜水班による潜水調査を行いました。

「おにぎり」か「アポロチョコレート」みたいでカワイイ(*^^*)
八代海の海底にこんなユニークな地形があるって、御存知でした?

海洋調査 データ 八代海 海丘群

プチスポット火山の話題も面白かったです。

プチスポット火山とは (日本火山の会)

発見された場所は、北緯37度:東経150度周辺です。 ここは、およそ1億3500万年前の太古に中央海嶺で形成された、古くて冷たい太平洋プレートがしんしんと日本海溝へ沈み込みつつある場所です(図3)。 そのような場所で若い火山活動(5~103万年前)が確認されたということだけでも驚きです。
このような場所は、現在活動的な地殻変動(火山や断層な ど)は無いと思われていたので、今までほとんどの人が注目していませんでした。このような場所は、ただ深海泥がしんしんと降り積もり、リュウグウノツカイ や巨大イカといった深海生物が泳いでいだけだろう、と思われていましたから。

プチスポット火山

しんかい潜航で判明した深海底ストロンボリ式噴火とプチスポット火山の成因の解明

これらの火山は、これまで地球上でほとんど知られていなかった新しい成因の火山活動として認識されつつあり、現在も活動中の(可能性が高い)単成火山群である(Hirano et al., 2001; 2004; submitted; Yamamoto et al., 2003)。本海域は、白亜紀の古く冷たい海洋プレートが日本海溝や千島海溝へ沈み込みつつある「静」的な場所とされ、中央海嶺やリフトゾーン、沈み込み帯や造山帯、ホットスポットや洪水玄武岩といった地球科学分野の「動」的な場所に比べてあまり注目されてこなかった。しかし、この火山群の発見により、北西太平洋下の地質、テクトニクス、マントル構造が多方面の分野から注目されはじめている。

本研究の火山はプレート内火山でありながら、ホットスポットやマントル上昇流に代表される火山を否定し、浅部の枯渇マントルの微小部分溶融を述べている。つまり、マグマは枯渇マントルに相当するアセノスフェアの微小部分溶融の結果形成された可能性が高く、プレートの破壊に沿ったマグマの上昇が示唆される。火山の起因となったリソスフェアの破壊過程や、マグマの起源であるアセノスフェアのマントル論などが、新たな地球科学の展開として大いに期待される。

北西太平洋の新種火山「プチスポット」の総合調査:メルト生成場とマグマ噴出場の分布解明(リンク切れ)

北西太平洋の海底で発見された火山活動「プチスポット」は、既存の火山活動場、中央海嶺、島弧火山、ホ
ットスポットとは異なる様相を示している。その成因解明にむけて、地球物理学、岩石学、地球化学、数値モデ
リングなど様々な手法を用いた総合的な観測・観察・研究が進行している。

画像データ改ざんに関しては、こちらの資料が参考になると思います。
改ざん検知システムの開発

こちらは深海へのあくなき探究心を描いたドキュメンタリー。初めてマリアナ海溝の最深部に到達したトリエステ号、近代的な有人潜水艇、最新の深海調査の模様など、トータルで紹介します。

Ocean Network Canadaの海洋調査の模様
ROV Oceanic Explorer is recovered after connection multiple instruments to the S Node

Jackson, Meghan, and Xi observe a dive while collecting log data

もはや定番。深海の謎の生物、ベストテン!

Kindle Unlimited (読み放題)

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この記事を書いた人

家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。科学番組の全盛期に子供時代を過ごした影響でSFを書いています。モットーは『Newtonから月刊ムー』まで。かつて宇宙を夢見た少女は深海に魅せられて海洋科学の転向しました。今でもハヤブサより、しんかい派です。

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