人脈や権力を得ても何も出来ない

今日の利益か、数億年後の生命の価値か ~海洋開発と自然保護についてで、アルと海洋開発をめぐって激論を交わしたヴァルター。

最後にはベテランのアルにねじ込まれ、渋々、アルの採鉱事業を手伝うことになるが、現地に入ってからも悪態ばかり。

しまいにはアルの事業を「夢の島」「我利我利亡者の巣窟」「あんたほどの金と力があれば、誰だってこれ位の事はやってのけられる」と揶揄する。

それに対するアルの返答。

新しいネームプレートを付けてアルと海上施設に向かったのは、正午過ぎだ。

昼食が終わると、アルはヴァルターを中央埠頭に案内し、コの字型の港湾の真ん中に係留されたひときわ大きなクルーザーを指差した。

「ステラ・マリスで購入した『アルバトロス号』だ。最新式の超伝導電磁推進システムを搭載している。海鳥を思わすような、力強くも繊細なフォルムがたまらんだろう」

「プラントの次は豪華クルーザー……。ここはあんたの夢の島だな」

「それ以上さ」

「俺には我利我利亡者の巣窟にしか見えないね」

「なぜ?」

「『夢』なんて言うけど、本当は『利欲』なんだろう。そうでなきゃ、これだけの物は作れない。夢で飯は食えないからな」

「では、その夢に投資する人間がいるのは何故だ?

「それはあんたに金と力があるからだ。あんたに投資すりゃ、たとえアステリアの開発に失敗しても、MIGを担保に償ってくれる。笑い者になっても乞食になる事はないし、世紀に残る小噺も提供してくれるからな」

「なるほど」

「結局、『金』じゃないか。工場が建つのも、人が集まるのも。あんたほどの金と力があれば、誰だってこれ位の事はやってのけられる。あんたは金の威光を自分の実力と勘違いしてるだけだよ」

「ではこの三十年間、お前は何をしてきた?」

アルは厳しく彼の眼を見据えた。彼がたじろぐと、アルは沿岸のインダストリアル・パークを指差し、

「あれは五年、あれは十年、あのプラントは二十年かかった。三十年前、ここには何も無かった。ゼロから一つずつ築いてきたんだ。お前が見ているのは既に完成された世界だ。だからその価値が分からない。金と力さえあれば誰にでも出来ると言うなら、ここには世界中の企業が集っているはずだ。MIGよりもっと力のある企業グループがな」

「……」

今、お前に、わしの持つ金や人脈や権力を授けても、お前には何も出来まい。タンカー一隻、維持することさえ出来ないだろう。それがお前とわしの違いだ

第四稿\08marineflot.doc  2000年6月

このパートは最終的に二つの場面に分割して挿入されました。

「あんたほどの金と力があれば、誰だってこれ位の事はやってのけられる」という台詞は、アルとヴァルターの最初の出会いに。

「あれは五年、あれは十年、あのプラントは二十年かかった」の下りは、若さゆえの無力感 ~いやいやでも働くうちに自分が何ものか思い出すに挿入しています。

若いうちは、自分の仕事や私生活が上手くいかないことに対して、「あいつが、あれだけ出来るのは、金があるから、顔がいいから、実家が太いから、、、」等々、いろいろ理由付けしますが、果たして、その人と同じだけのお金やコネやその他条件を手にれたところで、その人と同じレベル、あるいはそれ以上のことが出来るのか、という話ですね。

ヴァルターにはアルが事業家として成功したのは、元々金持ちで、実家も有名な経営者一家だから、という僻みがあるけども、それが全てではないとアルは諭しているのです。

本作では、アルの言動は、もっとヴァルターの心の痛みに即した、優しい言い方になっています。

上記文章の言い方がキツイのは、書いた当時の私が若くて、本作のアルのような「お父さん的な心情」になれなかったからです。

この記事を書いた人

石田朋子

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。科学番組の全盛期に子供時代を過ごした影響でSFを書いています。モットーは『Newtonから月刊ムー』まで。文芸とサイエンスを融合した新しいスタイルの作品を手掛けています。

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