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終いにこの世に身の置き所が無くなって、自分で自分の頸を切るような真似をしなけりゃいいけどな

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【小説】 終いにこの世に身の置き所が無くなって、自分で自分の頸を切るような真似をしなけりゃいいけどな

今日の利益か、数億年後の生命の価値か ~海洋開発と自然保護についての前日譚です。

大洪水で最愛の父親を亡くし、生まれ故郷と生家もなくしたヴァルターは、復興ボランティアを通してなんとか立ち直り、潜水艇パイロットとして新たな人生の一歩を踏み出しますが、故郷の再建をかけたコンペでは意匠の盗用を疑われ、海洋調査の会社ではリストラの対象にあい、仲間にも誤解されて、とうとう行き場を無くします。

ヴァルターはついにステラマリスを飛び出し、エンデュミオンという衛星都市に引きこもりますが、彼の再建案とプレゼンテーションに感銘を受けたアルは、彼を海洋開発の進むアステリアに連れて行くことを画策します。

しかし、彼の反応は素っ気なく、アルは直接、ヴァルターと話し合うべく、秘書のセスを伴って、彼が一時住まいするトレーラーを訪ねます。

アルとセスはトレーラー村の外れに車を停めると、辺りをぐるりと見回し、事情に通じていそうな住人を探した。
そして、給水場の近くに陣取っている派手なトレーラーの男に声を掛けると、ヴァルター・フォーゲルの居場所を尋ねた。
男はサングラス越しに訝しげな視線を寄越すと、トレーラー村の向こうの雑木林を指差した。男の話では、ヴァルターはとうに群から離れて、その中に独り引きこもっているらしい。
二人は男の指差す方に向かうと、鬱蒼たる木々を掻き分け,ヴァルターのトレーラーを探した。

「他に行く当てが無かったんでしょうか? 村にも居着かれず、こんな所に逃げ込むなんて……」
セスがつぶやくと、
自分で自分に嫌気が差したんだろう。終いにこの世に身の置き所が無くなって、自分で自分の頸を切るような真似をしなけりゃいいけどな。それでも、あそこで連中と一緒に群れているよりは救いがあるさ。自己嫌悪は向上心の裏返しだからね

そうして雑木林の縁まで来た時、おもむろに視界が開け、大きな樫の木の側に小さなブルーのトレーラーを見つけた。

誰かから譲り受けた中古のトレーラーなのだろう。ボディもタイヤもぼろぼろで、このまま廃棄場に運び込まれてもおかしくない有り様だ。

それでも辺りを興味深く見回せば、自家菜園に物干し場、鉄板や木片を繋ぎ合わせて作った農工具など、様々な手製のツールが目に入る。

「まるで野盗のアジトみたいですね」

セスが目を丸くすると、

「たくましい奴だ。おあつらえ向きじゃないか」

アルは笑って、トレーラーのステップを駆け上がった。

第三稿 02アステリア.doc  2000年3月06日

【心のコラム】 自己嫌悪は向上心の裏返し

これも2000年の下書きなので、本稿とはかなり雰囲気が異なりますが、コンセプトは同じです。

ただ「自分で自分に嫌気がさしたんだろう~」の下りは、この回限りです。

外面は勢いのいいヴァルターも、典型的な引きこもり体質で、一つ躓くと、とめどなく崩れていくタイプです。

本当の心の強さとは ~無理に鋼になろうとするなで、アルにも諭されるように、強くなろうとする余り、余裕がなくなって、些細なことで萎れてしまうんですね。

が、自己嫌悪も、裏を返せば、向上心の裏返し。

自らを省みる勇気があるから、自分の至らなさが身に染みて、落ち込んだり、傷ついたりするんですね。

対して、開き直る人間に、恥や後悔はありません。

何かあっても、ヘラヘラ笑っているだけです。

一見、引きこもりは負け犬に見えますが、自身に対する感受性を仕事や勉強に向ければ、良い方に変わる可能性も大きいです。

アルは、自分を恥じるほどショックを受けたヴァルターに、むしろ人生に対する意欲や理想を見たわけで、一つきっかけを与えれば、こういう人ほどぐんぐん伸びていくものです。

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自分で自分に嫌気が差したんだろう。終いにこの世に身の置き所が無くなって、自分で自分の頸を切るような真似をしなけりゃいいけどな。それでも、あそこで連中と一緒に群れているよりは救いがあるさ。自己嫌悪は向上心の裏返しだからね

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この記事を書いた人

家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。科学番組の全盛期に子供時代を過ごした影響でSFを書いています。モットーは『Newtonから月刊ムー』まで。かつて宇宙を夢見た少女は深海に魅せられて海洋科学の転向しました。今でもハヤブサより、しんかい派です。

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