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『一つの人生に一つの目的』 人はみな可能性を秘めた深海の鉱石

海と恋の物語
採鉱システムの接続ミッションを完遂して、プラットフォームは歓喜するが、念願の本採鉱を達成したというのにアルの表情は冴えない。アルは未来に思いを馳せるヴァルターに、人生に目的をもつ尊さと、人はみな深海に眠る鉱物資源のように可能性に満ちていると説く。
目次

【心のコラム】 一つの人生に、一つの目的

昔も今も、人の大いなる関心は「よりよく生きる」に尽きると思います。

心の充実、物質的な豊かさ、社会的評価、それらが三拍子そろって、「幸せだな」と感じる人が大半ではないでしょうか。

しかしながら、どれもが満ちている人など稀であり、多くは不満や空しさを抱えながら生きています。

どうにもならない現実の中で、いかによりよい人生を構築するか。

哲学も、文学も、科学や経営といった分野も、突き詰めれば、その一点に尽きると思います。

本作では、『一つの人生に、一つの目的』を重視しています。

その意味が明らかになるのは後編ですが、なぜマクダエル理事長が根無し草の彼にそれを課したのか。

せっかくの能力が無駄に消費されていくのを見るに堪えなかったからかもしれません。

目的なき人生は、空ぶかしのエンジンと同じ。

努力が空回りするだけで、何をも成し遂げることはできません。

【小説】 人はみな深海に眠る鉱物資源

採鉱システムの接続ミッションを完了し、スタッフの感慨もひとしおだ。だが、採鉱事業を指揮したアル・マクダエルだけは、これから起こりうる多難に表情を曇らせ、ヴァルターに『一つの人生、一つの目的』という訓を与える。

そんな中、ヴァルターとリズの想いもいっそう深まり、ぎくしゃくしていた母親との関係も改善に向かう。

一方、通信事業者『ステラネット』の社長の娘で、採鉱プラットフォームの通信士でもあるインディラから、リズの置かれた立場とマクダエル一家の暗黒史、絶大な権力をもつファルコン・マイニング社のことを聞く。アルの深い憂愁を知ったヴァルターは次のステージに向けて新たな一歩を踏み出す。

このパートは『第二章・採鉱プラットフォーム』の抜粋です。作品詳細はこちら

ヴァルターはいったん自室に戻ったが、ここ数日、テンションが上がりっぱなしだったせいか、気持ちが落ち着かない。改めて採鉱プラットフォームを見たい気持ちもあり、一人で屋上に上がった。

プラットフォームは相変わらず真夏のクリスマスツリーみたいだ。タワーデリックと選鉱プラント周辺は以前に増して照明の数が増え、ラスベガスのような賑わいである。

今は採鉱システムが二十四時間連続稼働し、一分間に一トンから二トンのクラストが排出されている。明後日にはさっそくサプライボートが船着き場に横付けし、ビッグバッグに袋詰めにされたクラストをコンテナを製錬所に運び入れる予定だ。

夜間もシステム監視装置がフルに作動し、多くの人手を煩わすことはないが、オペレーションルーム、選鉱プラント、機関部には一人から二人の夜間スタッフが常駐し、仮眠を取りながらモニタリングにあたっている。

彼はミッションの疲れと解放感でしばらく何をする気力もなかったか、そういえばまだ選鉱プラントや揚鉱管をじっくり見ていないと思い、作業ジャケットを羽織って甲板に出た。

ほとんど人気の無いスチールメッシュの通路を歩き、最初に選鉱プラントに立ち寄ったが、夜間は主要な出入り口に鍵がかかり、関係者以外の立ち入りが制限されている。

選鉱プラントはガラス張りの天窓の一部だけが甲板上に突出し、主要設備は大半がレベル・マイナス1からマイナス2にかけて設置されている。強化ガラスの天窓から見えるのは、黒い箱状の機械と無数の鋼製パイプだけで、選鉱の工程は外側から全く窺い知ることができない。接続ミッションに携わりながら選鉱や製錬のプロセスを間近で見学できないのは残念だが、採鉱事業の枢要とも言うべき企業機密ゆえ仕方ない。

彼は選鉱プラントから離れると、タワーデリックに向かった。

オペレーションルームは午後十時を過ぎても室内灯が灯り、遠目にもモニターウォールがはっきりと見える。夜間担当は最初の一ヶ月、奥のワーキングブースで仮眠を取りながらオペレーションを監視するようだが、マードックの話では、いずれ五階の管制室で一元管理する方向に進んでいるらしい。

次いでムーンプールに足を向けると、海中深く突き立てられた揚鉱管が目に入った。

外径が五十五センチに及ぶ揚鉱管は、潮流や波による衝撃を吸収するライザーテンショナーに支えられ、義旗のように夜空にそびえ立つ。ライザーテンショナーは揚鉱管の上下左右の振動をプラットフォームに伝えないようにする緩衝装置で、ワイヤーシーブを取り付けたピストンとシリンダーから構成される。波力や潮流の影響で、数メートル、時には十数メートルに及ぶ揚鉱管の揺れをピストン作用で吸収し、パイプの破損や変形を防ぐのが目的だ。六本のピストンシリンダーで吊された揚鉱管は、まるで傘の骨組みを逆向けにしたような形状で、海中から激しく突き上げる衝撃を機械的に受け止める様は、さながら「人間の技術」対「自然の巨大なエネルギー」という印象だ。

だが、それらが立派であればあるほど、彼は自分の卑小さに打ちのめされずにいない。その焦燥は、自分がマルセイユで腐っている間にヤン達はボランティアグループを組織し、故郷の再建に尽くしていたのとよく似ていた。

そうして波音に誘われるようにムーンプールに近付き、足元の海面を覗き込もうとした時、誰かが同じように黄色い手摺りから身を乗り出しているのに気付いた。

アル・マクダエルだ。

重厚なエンジン音が轟く中、アルはカーキ色の作業ジャケットを羽織り、白いヘルメットをかぶって、じっと夜の水面を見つめている。三十年来の大願を果たして悦に入っているというよりは、『嘆きのエレミヤ*14』のように先行きを憂い、いっそう厳しい責務を己に課しているようだ。

彼が立ち止まると、アルも彼の気配に気付き、こちらを振り向いた。

「昨日はご苦労だったね」

アルがねぎらうと、彼も表情を和らげ、「やるべき事をやったまでだ」と答えた。

「その割に浮かない顔だが」

「素直に祝福してるよ。皆のことも、あんたのことも。でも、これは俺の本分じゃない。俺は最後のパーツを繋いだだけ、今日の功績はあんたと皆のものだ。正直、妬けるけど」

「そうか」

「でも、当分潜ることはないだろう。ここのオペレーターは腕がいい。水中機材も無人機も良いものを導入している。採鉱システムの調査もメンテナンスも大半は無人機でやれるはずだ。フーリエもプロテウスは当分ドック入りだと言っていた。そうなると俺も手持ちぶさただ。だから、次にどうするか考えている。あんたが最初に言ったことだ。『自分で考えろ』と」

「これが学生の休暇なら『ゆっくり考えろ』と言いたいところだが、そういうわけにもいかん。お前には給料を払わないといけないし、こちらで負担している社会保険料もある。かといって、わしの方から、あれこれ指示する気もない。何もすることがないなら、しばらく甲板掃除でもやるか?」

「日銭を稼げるなら何だってやる。俺も生きていかないといけないんでね」

「だが、それでは永久に満足せんだろう」

「だから、今考えている。これから何をすればいいのか。自分に何が出来るのか。正直、俺には皆の成功を手放しに喜べない。なぜって、俺は何もしてないからだ。深海調査も復興ボランティアも全力で打ち込んできたが、それとは少し違うような気がする。皆の役に立っているつもりだったが、突き詰めれば、自分の方しか向いてなかった。だから、やっても、やっても、どこか満たされないような気持ちになるんだろう。それでも、何かせずにいられない。自分も生き、周りも活かすような『何か』だ。その時、本当の意味で、『これが生だったのか、よし、それならもう一度』という気持ちが分かるような気がする」

「それでいいじゃないか。無目的に日銭を追うより有意義だ。人間、寝食を忘れて仕事に打ち込めるのも、人生のほんの一時期だ。老いてから後悔しても、二度と取り戻せない」

「あんたは、どうしてこんな採鉱プラットフォームを作ろうと思ったんだ? MIGだけで十分、利益も名誉もあるだろうに」

「理由なら数え切れないほどある。お前がしっかと目を見開き、この海を見れば分かることだ」
彼はムーンプールの波打つ水面を見つめるが、この海にどんな理由が秘められているのか、今は想像もつかない。

「ともかく契約が切れるまでは仕事に専念しろ。これほど自由に動き回れる機会もないだろう。『一つの人生に、一つの目的』。考えて、考えて、考え抜いて、人生のテーマを見つけ出せ。それがこの二年の間にお前が本当に為すべき仕事だ」

「目的――」

「そう。目的だ。採鉱システムを作ろう、売り上げを達成しようという『目標』とは違う。もっと根源的な生きる動機だ。我が我たる所以だよ」

「今なら何となくその違いが分かる。コンペに参加したり、深海調査をこなしたり、目の前の目標を達成するのと、自分を生かす道は、多分、別なんだよ。俺の父親は土木技師だったが、税理士でも、船員でも、きっと生き様は同じだっただろう。そういう精神の核を持っていた。だが、俺にはそれが無い。今まで決して無目的にやってきたわけではないが、では生涯かけて何を体現したいのかと問われたら、答えは未だ水の底だ。『緑の堤防』でもないし、大水深の潜航記録を達成することでもない。その時々の目標はあっても、一貫したテーマが無いんだ。だから、ここでダグやマードックが一心に打ち込んでいる姿を見て、焦りを感じるのだろう。俺もテーマを見つけたい。目先の勲章ではなく、一生誇りに思えるものだ」

「それだけ分かれば上等じゃないか。一つの航路を追い続ければ、たとえ途中で霧に巻かれても、最後には不思議とつじつまが合うものだ。要は焦らないこと、そして簡単に結論付けないことだ。たとえば、ローレンシア島の高級住宅街も、元はと言えば、大手メーカーを誘致する為に造成工事を始めた。ところが突然、先方が手を引いて、こっちは大損だ。あの時は本当に激憤したよ。それで頭を冷やそうと造成地の高台に行き、ふと海岸を見下ろした時、あまりの美しさに目を見張った。こんな絶景に工場を建て、沿岸一帯を埋め立てようとしていたのかと思うと、むしろ相手が手を引いたことに感謝したいほどだった。その時、閃いたのがゲーテッド・コミュニティだ。

以前、関連会社の社長が、一般社員と同じ敷地に住むのはどうのうこうの、とこぼしていたのを思い出して、あれが一つの転機となった。それまでディベロッパーなど考えもしなかったが、目の前の海を見ていると、それが正しい判断に思えた。なぜかしら人は海に集まる。

そして、波の音を聞きたがる。

人が動けば金が動き、金が動けば、それがまた人を呼ぶ。

読みは大当たりだ。

ホテル、マリーナ、コンドミニアム、インテリジェント・オフィス、沿岸の商業地はまだまだ高値で売れる。なぜなら、トリヴィアには、金はあるけど娯楽はない、安全と快楽を求める富裕層がごまんと存在するからだ。

そんな風に、何が何でも採鉱システムを完成したい、アステリアに誰もがやり甲斐を感じるような新しい産業の町を築きたい、ひたすら考える中でアイデアも閃いたし、思いも寄らぬ道も開けた。

一つの答えが、別の答えを開き、その答えがまた新たな扉を開く、そうして事業も人生も大きく発展していくんだよ。『俺には何も無い』と言うが、お前には潜水艇のパイロットという技能もあるし、『緑の堤防』も『水を治める技術のアーカイブ』もあるじゃないか。

今すぐ何かの役に立たなくても、価値があると思うなら心に大事に持っておればいい。一度でも自分を懸けたなら『捨てるな』。それがわしの祖父の教えだ」

「あんた、俺がここに来た時、言ったな。いやいやでも海の仕事をするうちに自分が何者かを思い出すと。そして、そのように思い出した。俺をここに連れて来てくれて有り難う。あんたには感謝してるよ」

アルは頷き、初めて満足げにタワーデリックを見上げた。

「採鉱システムの開発は今日で一旦完結したが、これはほんの始まりに過ぎない。いずれ嵐のように金の亡者が押し寄せ、再び海も荒れるだろう。だが、人間はそこまで愚かではない。一つの明確なビジョンがあれば、その絵の元に英知も集結する。どこまで答えに近づけるか、今度は腰を据えてかかれ。お前なら、きっとこの海に答えを見出すはずだ」

アルは今一度ムーンプールを見回すと、静かにその場を立ち去った。

【リファレンス】 嘆きのエレミア

作中に登場するレンブラントの名作「嘆きのエレミア」。
エレミアに関しては、ネットにも詳しい解説がたくさん出ていますので、興味のある方はぜひご覧になって下さい。
16.エレミヤ書9章1-8節『嘆きの歌』鳥井一夫 聖書の部屋
エレミヤの労苦と苦悩 牧師と書斎

レンブラント 嘆きのエレミヤ

夜のプラットフォームも素晴らしくきれいです。本作では「真夏のクリスマスツリー」と表現しています。

Thunder Horse platform at night

IJmuiden by night

もう一つの宇宙に通じるムーンプール。
深海 ~ムーンプールに広がるもう一つの宇宙』にも書いているように、海のダイナミズムがぎゅっと凝縮されたような、最もエキサイティングなスポットです。

ここで静かに語り合えるとは到底思えませんが、まあ、そこはフィクションということで(^^ゞ

Ocean Rig Poseidon BOP & Moonpool

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一つの人生に、一つの目的。人はみな深海に眠る鉱物資源

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この記事を書いた人

家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。科学番組の全盛期に子供時代を過ごした影響でSFを書いています。モットーは『Newtonから月刊ムー』まで。かつて宇宙を夢見た少女は深海に魅せられて海洋科学の転向しました。今でもハヤブサより、しんかい派です。

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