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宇宙の片隅の一期一会 ~発見は己の内側からやって来る

海と恋の物語
深海調査の視察に訪れた鉱山会社のファーラー社長は「深海で何を目にしても、見て見ぬ振りをしろ」と潜水艇パイロットのヴァルターに迫る。科学の良心と身の安全の狭間で揺れるヴァルターに、元上司のランベール操縦士長は「その場に行けるのは一度きりだよ」と宇宙の片隅の一期一会の大切さを説く。
目次

【科学コラム】 発見とは集中力の結晶

発見といえば、天体望遠鏡を覗いていたら超新星を見つけたとか、空き地を掘ったら遺跡が出てきたとか、宝くじ的な幸運を想像しますが、「そこに凄いもの」があるから発見するのではなく、日頃から、「ああじゃないか、こうじゃないか」と思い巡らす集中力があるから発見に至るんですね。

何の興味もなければ、知識もない人が、無目的に顕微鏡を覗いても、たとえサンダルを履いたゾウリムシが泳いでいても、そうとは分からないでしょう。
(参照記事 → そしてゾウリムシは全滅した ~理科好き中学生のだいしっぱい(´。`)

言い換えれば、自身に素養がなければ、出会っても分からない。

新しさを見出すのは、知識ではなく、人の感性だからです。

分かりやすく言えば、隠し絵の中から形が浮き上がる感じです。

積み上げた知識と研ぎ澄まされた感性がスパークする瞬間に、形が見えるんですね。

何かを発見するには、「それ」が存在する場所に出向かなければなりませんが、見る側に知識と想像力がなければ、たとえ目の前に存在しても、「それ」とは気付かない――という話です。

【小説】 操縦士長の教え ~その場に行けるのは一度きり

深海調査が順調に進む中、先に資料として提出された画像データが改竄されているのに気付く。

調査スタッフはメテオラ海丘の秘密を探る為、調査場所の変更と精査を求めるが、調査の出資者でもあるロバート・ファーラー社長は、「深海で何を目にしても、見て見ぬ振りをしろ」とヴァルターに強要する。

恋人の命を狙われ、科学の良心との狭間で揺れるが、同じ潜水艇のパイロットで、元上司のランベール操縦士長から「その場に行けるのは一度きりだよ」と助言を受ける。

このパートは『第四章・ウェストフィリア(深海調査)』の抜粋です。作品詳細はこちら

「まあ、今更言っても仕方ない。我々にも落ち度はある。君も色んなことが重なって、気が動転していたんだろう。とにもかくにも新しい仕事を得て、元気にやっているならそれでいいんだ。皆もきっと喜ぶ。ルノーに聞いたが、アステリアの海も見所がたくさんあるんだって?」

「興味深いことばかりです。でも、肝心な基礎調査がほとんど進んでいないので、これからどうなるか……」

彼は、商業目的の調査は進んでも、自然科学的な解明は後回しにされ、海のメカニズムを理解しようという気持ちすらない現状をかいつまんで話した。

ランベール操縦士長はその一つ一つに深く頷きながら、

「歯痒い思いをしてるのはステラマリスの科学者も同じだ。予算がなければ調査船も出ない。それでも皆、生涯のテーマと定めた研究に懸命に取り組んでいる。お目出度いかもしれないが、人間の情熱に優るものはない。明日の潜航はどうだ?何か面白いものが見つかりそうか?」

「興味深いものはあっても、潜航の機会を生かせそうにありません」

彼がロバート・ファーラーとのやり取りを脳裏に浮かべると、

「やりにくいことがあっても、その場に行けるのは『一度きり』だよ」

ランベールは静かな口調で言った。

「深海の珍しい生き物も、熱水が勢いよく噴き出すチムニーも、その場で出会えるのは一生に一度だ。もしかしたら、この数世紀のうちに、それを目にする人間は世界中で君一人かもしれない。それくらい稀少で、宇宙的スケールの出会いを、わたしたちは日常的に体験することができる。そうだろう?」

彼は頷き、これまで目にしてきた壮大な深海の世界を瞼に浮かべた。

「時には何の成果も得られず、公費の無駄使いと揶揄されることもある。だが、深海に存在するものに無意味なものなどあるだろうか。水深数千メートルの海底に転がる一つの石塊にも数百万年の時の重みがあり、惑星の生い立ちや海のメカニズムを紐解く情報が詰まっている。君が初めて操縦席に座った時、何を見ても『同じ』にしか見えないパイロットにいい仕事はできない、とわたしは教えた。そして、君はその言葉の意味を正しく理解したと今も信じている。学術的にめぼしいものが有ろうと、無かろうと、深海での出会いは『一度きり』だ。その重みを思えば、答えは自ずと導き出されるんじゃないかね」

彼は顔を上げ、かつての上司を初めて正面から見た。

「わたしは今でも君が十六歳の時のことを鮮明に覚えているよ。潜航を終えて、ハッチから出た途端、わたしの腕を掴まえて『どうやったらパイロットになれますか』と尋ねた。狭き門と知って、えらく落胆してたから、どうせ一時の感傷だろうと高を括ってたら、その年の冬休み、本当にプルザネまでやって来た。それから二度、三度と繰り返し訪れて、どうしてもこれの操縦がしたいのだと皆にあれこれ質問して回り、しまいには女性職員がショコラとマカロンを振る舞うほどだった。商船学校を卒業したら、即こちらに来るのかと思っていたら、海洋学部に進学して、ああ、本気なんだと分かったよ。あそこまで食いつかれて、足蹴にできる人間もない。それだけに、もう少し打ち解けて、あんな後味の悪い辞め方をさせるべきでなかったと悔いばかりが残る。プロテウスの廃船が決まった今となっては余計にね」

「では、本当なのですね」

「そうだ。いつかこの話が出るかと思っていた。それこそ時代の流れだよ。今はそれぞれに異なる機能を持つ、複数の自律型無人機を組み合わせて、より高度な深海調査が可能になった。宇宙探査の技術が海洋科学にフィードバックされるとは、なんとも皮肉な話じゃないか。人類は未だ深海の全てを目にしたことがないのに。こちらはプロテウスの廃船が決まって、皆、ショックを受けているよ。よそに移れる人はいいが、それが難しい人もある。先月も上層と大論争だ。一度は決定が覆りかけたが、金銭の話をされては誰も逆らえない。結局、君が一番運がいい。ごたごた揉める前に抜け出せた」

「人に誇れるようなことではありません。あの態度は間違いだったと自省することしきりです。ランベールさんはどうなさるんですか?」

「わたしはこれを機に辞表を出すことにした。引退するにはちょっと早いが、何十年と外洋に出ずっぱりで、少々、疲れたこともある。残りの人生は、知り合いの海洋研究者を手伝いながら、時々、海に出る暮らしを楽しもうと思っている」

「淋しくなりますね」

「何にでも終わりはある。わたしだけが特別長生きして、好きな仕事を続けられるわけではない。だが、そこにプロテウスがあると聞いて、不思議と心が慰められる。どんな所かは知らないが、宇宙の彼方でこれからもプロテウスが活躍するとは嬉しい話じゃないか。いつか機会があれば会いに行きたいぐらいだよ」

「よかったら、数週間でもパイロットの指導に来て頂けませんか。船はあっても、指導できる人がいないんです。実地の機会も少ないし、理論は学べても、みな不安に感じてる。ランベールさんが来て下さったら、きっと励みになります」

「それも面白そうだね。一度、考えてみるよ」

「きっとですよ」

「それにしても、君も相変わらず熱心だな。潜航が終わった後も、いつも遅くまで格納庫で勉強してた。誰かが君が居るのに気付かず格納庫の鍵を閉めて、一晩中閉じ込められたこともあったな。君は携帯電話も持ち歩かないから探しようもなくて、まさか海に落ちたのではないかと本気で心配していたら、ワーキングルームの隅っこで毛布にくるまって眠ってた。まるで深海魚みたいな奴だと皆で噂していたのを思い出す。だから、君が海に潜ると、未知の生物が岩陰から顔を出して『コンニチハ』をするんだろうね」

彼が苦笑すると、ランベールも頬を緩め、

「ともあれ、もう一度、君と話せてよかった」

深い皺の刻まれた目元を潤ませた。

「明日の調査も、『何かある』という勘は大事にすればいい。理屈が全てを解き明かすわけじゃない。何十年とかけて、これだけ潜っても、まだ真実の大半は海の底だ。なんと果てしない宇宙かと、つくづく感嘆せずにいない。アステリアの海にも、きっと豊かな生命の世界が広がっているだろう。だが、それは感じる人にしか分からない。何を見てもただの石塊にしか見えない人には、たとえ目の前に別の宇宙が開けていても、それとは気付かぬものだ。発見はいつでも己の内側からやって来る。*8Bonne(ボン) chance(シヤンセ), Wally. .明日も素晴らしい出会いがあることを祈ってる」

通信が切れると、全身から力が抜けたようになった。海の深淵に光が差し、行くべき方向が見えた気分だ。今となっては怒りも悔しさもなく、かつての上司にただただ感謝するばかりである。

彼は席を立つと、気を取り直して格納庫に向かった。

明日、誰に脅されようと、「あるがまま」を伝え、記録する。

どんな出会いも一瞬にして、一度きり。

偽る理由がどこにあるだろう?

【リファレンス】 深海の不思議な現象と生き物たち

こちらは深海底の冷水湧出帯。海の底に、もう一つの水たまりがある、不思議な現象です。

深海 冷水湧出帯

こちらは深海底の塩水だまり。

深海 冷水湧出帯

深海 冷水湧出帯

こちらはアメリカ海洋大気庁のNOAAのフォトアルバムから。

調査機器の海中降下。
arct0217

これは多分、海底堆積物の採取です。
expl0396

女性整備士も活躍。
ship1079

深海の不思議な生き物。
expl2248

深海の変な生き物。

一見、子供のオモチャみたいだけど、本物のタコです。白目をむいていて、コワイ。
こんな所で、一体何をしているのでしょうか??

こうして見ると、深海にも非常に豊かな生命の世界が広がっています。
何も考えてなさそうな、天使のような存在感が、ヴァルターの心を魅了してきたと思われます。

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宇宙の片隅の一期一会

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この記事を書いた人

家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。科学番組の全盛期に子供時代を過ごした影響でSFを書いています。モットーは『Newtonから月刊ムー』まで。かつて宇宙を夢見た少女は深海に魅せられて海洋科学の転向しました。今でもハヤブサより、しんかい派です。

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