第四章 ウェストフィリア ~調査のオファー(2)

オリアナの来訪

ウェストフィリア島と近海に眠る鉱物資源を探査する為、開発公社の命を受けてオリアナが深海調査のオファーに訪れる。開発公社の大口出資者はファルコン・マイニング社であり、今度の探査にもマイニング社の意向が大きく働くのは必至だ。ヴァルターは疑念を抱きながらも、ウェストフィリア探鉱がもたらす公益と、潜水艇の新米パイロットの境遇を案じて、依頼を引き受ける。

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応接室には、オリアナ・マクダエルが待っていた。

「これからクラブに出掛けるような格好」ではなく、スリムな黒のビジネススーツを身に着け、「ファルコン・マイニング・リサーチ社 資源調査課」の肩書きにふさわしい身なりである。

ヴァルター、リズ、セスの三人が姿を現すと、オリアナはソファから立ち上がり、最初にセスに丁重に挨拶した。それから、今日はシニヨンではなく、毛先を縦ロールに巻き、ずいぶん華やかにイメージチェンジしたリズを小馬鹿にするように眺め、最後に彼に向き直った。

「お久しぶりですこと。海洋情報部にお出かけだったんですって? 運よく掴まって本当によかったわ。こういうことは直接お話ししないと、何かと誤解の元になりますから」

とリズに当てこするように言った。

「それにしても開発公社から深海調査の依頼とは心外だね。ノボロスキ社にも三人のパイロットと、操船可能な運航部のエキスパートが何人もいる。わざわざ俺に助力を要請することもないだろう」

彼が牽制するように言うと、オリアナはファルコン・マイニング社のロゴ『ホルス神』が刻印された革のドキュメントホルダーを取り出し、テーブルの上に『第一期ウェストフィリア探査計画』と表題のついた冊子を広げて見せた。

「皆さん、すでに聞き知っておられるように、ウェストフィリア開発公社には、ファルコン・マイニング社、ファルコン・スチール社、スタットガス、GPオイル、カメル・コーポといった金属およびエネルギー産業の大手企業が資本参加しています。探査活動は、トリヴィア産業省所轄の『金属鉱物資源・エネルギー開発機構』の十ヶ年計画に基づいて行われ、二週間後の三月十六日より、ウェストフィリア本島および近海で本格的な資源探査を開始する予定です」

「だがね、俺は『資源探査』と銘打った深海調査にはまるで経験がない。得意な分野は惑星物理学と生物学的調査だ。鉱山会社の為に潜航したことはない。海洋学者の喜ぶデータなら幾らでも持ち帰れるが、鉱山会社の社長を喜ばせるような大発見はまあ無理だ」

「だったら、なおさら、ウェストフィリアは興味深いわよ」

オリアナはビジネスバッグからタブレット端末を取り出すと、東半球の広域海底地形図を表示した。

「ウェストフィリア島の東側には巨大な海底プレートの沈み込む場所が二カ所あり、アステリアの中でも地殻の動きが非常に活発なエリアで知られています。島の北方には、西から東にかけて、大洋底にネックレスのように連なる北冠状海山列があり、全長はおよそ2800キロメートル。島の南端には全長300キロメートルに及ぶ海底山脈が連なり、いずれも平均水深4000メートルを超える長大な海溝を伴っています。ウェストフィリア島、および大小56個の島々からなる南部列島は、海底山脈から続く長大な火山帯の一部を構成し、ウェストフィリア島において現在までに確認されている火山の数は100以上。そのうち23個が活火山で、この10年の間にも大規模な噴火が7回も観測されているます。活発なのは島周辺の海底火山群も同様で、これまでに少なくとも30カ所で金属硫化物を伴う熱水噴出域が確認されており、調査範囲を広げれば、もっと見つかるでしょう。それで、三月の調査では、ぜひとも有人潜水調査を取り入れたいという上層部の意向なの」

「それならノボロスキ社に頼めばいい。熱水噴出域も場所が把握できているなら、無人探査機でも十分にアプローチできる」

「ええ、分かってるわ。でも、水深数百メートルの試験潜航を何度か経験しただけのパイロットに、熱水噴出孔のぎりぎりまで近づいて周囲の堆積物を採取したり、噴出孔の斜め上で静止して的確に写真撮影するような芸当が出来るかしら」

「サンプリングは『芸』じゃない」

ヴァルターが強い口調で返すと、オリアナも一瞬たじろいだが、

「つまり……サンプリングやホバリングを行う高度な操船技術よ。有人潜水はそれでなくても経費がかかるし、必要な人員も半端ない。いくら開発公社が潤沢な資本に支えられているからといって、『今日失敗したから、明日もう一度』とはいかないのは、あなたもよくご存じでしょう。それで、ぜひ、あなたの力をお借りしたいの。新米パイロットに実際を教える意味でも、良いお手本になるのではないかしら。ねえ、エリザベス。あなたからもお願いしてよ。まかり間違えば大事故に繋がりかねない危険な調査よ。なんといっても人命がかかっているのだし、まさか知らぬ存ぜぬなんて、ねぇ……」

オリアナがわざと「人命」を強調するように言うと、横からセスが身を乗り出し、

「それほど危険と思われるなら、パイロットが習熟するまで計画を延期してはいかがです。何が何でも三月に実施しなければならない重要な調査でもないのでしょう。6000メートルまでの深海調査なら、ノボロスキ社の無人探査機で十分に対応できますよ」

と反駁した。

だが、オリアナはひるむことなくセスの目を見据え、

「確かにそうかもしれません。でも『実際にその場所に潜って目視したい』という調査員たっての希望なのです。今回の海洋調査にはステラマリスの『オーシャン・リサーチ社』から名うての研究員が数名参加します。開発公社の関係者はもちろん、ステラマリスの専門家方々もウェストフィリアには興味津々ですから」

「興味津々ね。だったら、一つだけ条件がある。ウェストフィリアに興味があるのは、アステリアに暮らす一般区民も同様だ。それでなくても、ファルコン・マイニング社には誰もが疑念を抱いているし、過酷な未開地での開発事業を問題視する声もある。それについて、開発公社は正しい情報を伝え、社会の不安解消に努める義務がある。俺に助力を要請するなら、まず第一に、情報共有と区政への協力を約束してもらいたい」

「もちろん、そのつもりよ。調査で知り得たことは、鉱業法やその他の法律に則り、公的機関にも提出します。それとも開発公社がデータの改ざんや隠匿を行うと疑っておられるのかしら」

「そうじゃなくて、俺が言ってるのは一般向けの広報だ。社会への協力だよ。ウェストフィリアがどんな島で、開発公社は何を目的に資源探査を行うのか、調査には誰が関わるのか、どんな事業を行うのか。必要な設備、調査の実際、開発のメリット、デメリット、そして可能性。できる範囲で情報を公開し、必要に応じて説明も行う。地理的に遠く離れて、情報も遮断されてるのをいいことに、既存の社会を無視して好き勝手するなということだ」

「そんなこと漠然と言われても、今すぐ方策など立てられないわ。学級会じゃあるまいし、情報共有だの、説明だの言われても、そんな簡単に実施できるわけないでしょう」

「今すぐ全ての課題に取り組むのは無理でも、今日からでも出来ることがあるだろう」

「具体的にどうしたいの?」

「潜航調査の様子を実況させろ」

「なんですって?」

「インターネットでも、公共の電波でも、何でも使って、調査の模様をレポートするんだ。ウェストフィリア海域がどのようなものか、海洋調査に必要な機材や手法、海底の様子など、大勢に見てもらうんだよ。その中で、アステリアの方向性と可能性を探る」

「そんなこと、許されるわけがないわ」

「どうして? データの一から十までオープンにしようというわけじゃないんだよ。プロテウスも調査船も『ただの船舶』だ。内部を公開したからといって、困ることなど何もない。まさか潜ったその日に海底からざくざく金銀財宝が出てくるわけでもあるまい」

すると、黙ってやり聞いていたリズも初めて口を開いた。

「オリアナ。私も情報をオープンにできないという理由が分からないわ。テレビや新聞であれほど海台クラストの採鉱を批判しながら、どうしてウェストフィリアの海底鉱物資源を欲しがるの? だって、海底の堆積物を採掘するとなれば、プラットフォームと同じように海上基地を構えて、掘削機や集鉱機を稼働しなければならないのよ。その過程で廃棄物も生じるし、オペレーターには海上生活を強いることにもなるわ。それとも、海台クラストの採鉱は害悪で、海底熱水鉱床の採鉱は正当とする根拠は何なのかしら。もし、開発公社の資源開発を社会に受け入れてもらいたいなら、企業として広報に努め、少しでも多くの理解を得るのが正しい姿勢ではなくて」

「あなたの言い分も分かるけど、開発公社にも独自のスタンスがあるの。MIGやエンタープライズ社のような民間企業と違って、公金と国際企業の合同資本で成り立っているのよ。情報公開うんぬんも、幹部や政府と協議してからでないと対処のしようがないわ」

「じゃあ、何の為の『公社』だよ。公金を使って資源を掘るなら、情報開示や広報に努めて、社会の合意を得るのが第一だろう。税金を使って、そこらじゅう掘り返して、出てきた宝はオレのもの、後は山火事になろうが、洪水になろうが、知ったことじゃないというなら、宇宙の果てでやればいい。それでなくても君たちの会社は評判が悪い。ライバルと同じフィールドで闘わず、場外でフーリガンに襲わせて、弱ったところを後ろから禿鷹みたいに突っつく企業だと聞いている。でも、これから社会との関わり次第で、いくらでもイメージは変えられるはずだ。だから、俺が企業PRに貢献しようと申し出ている。たいそうな設備など必要ない。カメラとネットワーク環境さえあれば十分だ」

「では、そのように幹部会に伝えておくわ。それだけ『社会正義』を唱えるからには、自分の要望が通らなくても、深海調査には協力していただけるんでしょうね。どのみち有人潜水調査は実施されるし、そうなると経験の浅いパイロットが操縦桿を握ることになる。水深数千メートルで実際のオペレーションを目にしたこともない人達よ。もし、あなたが個人的な理由で協力を拒むなら、大口を叩くだけの偽善者とみなすわよ」

「どうぞ、みなしてくれて構わないよ。だが、本当にアシストが必要かどうかは、君ではなく運航部のフーリエに確認する。返事をするのはそれからだ」

「……いいでしょう」

「もし彼がウェストフィリアに行くなら、何日ぐらい拘束されるんだ?」

セスが厳しい口調で訊いた。

「彼もエンタープライズ社の社員だ。無理を言って連れ出すなら、それ相応の保障を用意し、労働法に準じた契約を交わしてもらわねば困る」

「もちろん、そのつもりです。海洋調査のチームは、三月十七日午前七時、ローレンシア島の第一埠頭から、ノボロスキ社の海洋調査船カーネリアンⅡ号で出港します。途中、ローランド島のペネロペ湾に寄港し、ローランド島のスタッフの乗船と、燃料や物資の補給を完了してからウェストフィリア東海域に向かいます。有人潜水は、二十日、二十二日、二十四日、二十五日の計四日間。状況によっては変更になるかもしれません。ローレンシア島への帰島は、三月二十九日正午の予定です」

「では、トータルで十二日間ですね」

「そうです」

帰島が『三月二十九日』と聞いて、リズの顔がにわかに曇った。

「日程に何かご不満でも? 十二日間は長すぎるかしら? ああ、そう言えば、三月二十日はあなたのお誕生日だったわね。もしかして楽しい予定でもあったのかしら。だとしたら、申し訳ないわねぇ」

「君だって誕生日には楽しいイベントを企画するだろう。それが流れたら、がっかりするのは皆同じだ」

彼は庇うように言ったが、オリアナはそれには答えず、

「あなたには開発公社から特別報酬を用意しています。これが現在提示されている金額よ。安月給のあなたには小躍りしたくなるような額だと思うけど」

オリアナが白い封書を差し出すと、

「君も口を慎んだらどうだ」とセスが代わりに答えた。「彼は歩合制で契約している。結果を出すまでは、歯を食いしばって耐えねばならない人間の心情が理解できないか」

オリアナは口をへの字に曲げたが、改めて彼らに向き直り、

「ともかく海洋調査には私も同行しますし、二十三日にはロバート・ファーラー社長も視察に来られます。深海調査をぜひ間近でご覧になりたいそうよ。それから、アルバート大伯父さまにもよろしく。四月十二日に開かれるスカイタワーのオープニングセレモニーには大伯父さまとダイアナ大伯母さまも揃ってお出で下さるのかと、ファルコン・マイニング社の方々も楽しみにしておられますのよ」

「その件に関しては、理事長および会長と相談の上、なるべく早めにお返事いたします」

セスがぴしゃりと遮ると、オリアナも大様に頷き、先を急ぐように席を立った。

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この記事を書いた人

石田朋子

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。科学番組の全盛期に子供時代を過ごした影響でSFを書いています。モットーは『Newtonから月刊ムー』まで。文芸とサイエンスを融合した新しいスタイルの作品を手掛けています。

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