第一章 運命と意思 ~フォルトゥナ号 (1)

運命はただ試すだけ この世に幸運も不運もない

宇宙世紀。みなみのうお座に打ち上げられた探査機が一つの鉱石を持ち帰る。そこから発見された新物質ニムロディウムによって科学技術は著しく発達し、宇宙開発も加速的に進むが、最大のニムロデ鉱山がファルコン・マイニング社の手にわたったことで、ファルコン・グループによる一党支配が始まる。特殊鋼メーカー『MIGインダストリアル社』のカリスマ経営者アル・マクダエルは水深3000メートルの深海底に眠るレアメタル『ニムロディウム』を採掘すべく、愛機『フォルトゥナ号』を駆る。大企業の寡占に風穴を開けるべく、アルは海底鉱物資源の採鉱事業に乗り出す。

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陽が落ちてゆく。

アル・マクダエルはフォルトゥナ号のリクライニングシートに深く身を沈めると、白髪まじりの頭を窓枠にもたせかけた。

夕陽は疲れを知らぬコークスのように赤々と燃え、落ちてなお鮮烈な光を大地に投げかける。

それはまた世界屈指の特殊鋼メーカー『MIG』の長として火のように駆け抜けてきたアル・マクダエルの最後の輝きでもあった。

*

UST歴–世界標準時間(ユニヴァーサル・スタンダードタイム)、200年8月25日。

宇宙船《フォルトゥナ号》は巡航高度に達すると銀色の両翼を大きく広げ、黄昏の空を大きく旋回した。

有翼の女神のように優美なフォルムと最新の恒星間航行システムを備えたフォルトゥナ号は、MIG(ミグ)(マクダエル・インダストリアル・グループ)の創業者一族であるマクダエル家が代々所有するプライベートジェットだ。その推進装置には、宇宙文明の根幹を成す『ニムロイド合金』がふんだんに使われ、MIGの卓越した技術を象徴する。

銀色の機体には、苛烈な宇宙開発競争を生き抜いてきたマクダエル家の家訓『Fortes(フォルテス) fortuna(フォルトゥナ) adjuvat(アドユヴァト)(運は勇敢な者たちを助ける)*1』と刻まれ、受難の戦士に福音を告げる。

だが、伸るか反るかは己次第。機会は与えても、勝利は約束せぬ。この世に幸運も不運もなく、運命はただ試すだけである。

そして今、フォルトゥナ号を所有するのは、MIGインダストリアル社の最高経営責任者にして、稀代の事業家と名高いアル・マクダエルだ。

この五月で六十歳の誕生日を迎えたアルは、人懐こそうな黒い瞳が印象的な紳士だ。顔は丸く、眉は八の字に垂れ下がり、鼻はちんまりとして、タヌキのようにとぼけた風貌は厳しい交渉の場でも変わることがない。祖父ノア・マクダエルが興した特殊鋼メーカー『MIGインダストリアル社』を三十五歳の若さで受け継ぎ、五歳年上の姉ダナ・マクダエルと共にグループを率いてきた。その指導力もさることながら、企画、戦略、管理、実践、あらゆる面で卓越し、ぼんくらとした世R襲社長のイメージとは程遠い。就任以来、一度も赤字を経験したことがなく、社内外に幅広い人脈を持ち、ライバル企業でさえその手腕に一目置くほどだ。

二十年前には長年の研究開発の成果であるニムロイド新合金「NM(エヌエム)ーNu(ニユー)」を市場に送り出し、MIGインダストリアル社を世界で五指に入る特殊鋼メーカーに押し上げた。今やMIGの関連企業は六十社を超え、その市場は宇宙植民地の隅々まで広がっている。

だが、アルにとって世間の賞賛は無意味だ。

その目は常に惑星アステリアの海に注がれている。

水深3000メートルの深海底に堆積する海台クラスト。

そこに含まれる金属元素《ニムロディウム》こそ世界を変える。

NMーNuの成功も、経営者としての名声も、全てはこれを採掘する為の手段に過ぎない。絶対不可能と言われた海底鉱物資源の採鉱を成し遂げて、初めてアルの人生も報われる。「悪をもて悪に報いず、凡(すべ)ての人のまえに善からんことをはかり、汝らの為し得る限りつとめて凡(すべ)ての人と相和らげ。愛する者よ、自ら復讐すな。ただ神の怒りに任せまつれ。録(しる)して主いい給う、復讐するは我にあり、我これに報いん*2」の言葉通りに。

*

二世紀前。Anno Domini(西暦)の末期。

みなみのうお座に向けて打ち上げられた無人惑星探査機パイシーズが、《ネンブロット》と呼ばれる赤茶けた惑星から一つの鉱石を持ち帰った。

程なく鶏卵ほどの赤い石から未知の金属元素《ニムロディウム》が検出され、これを鉄や銅などのコモンメタルに微量に添加すると、有害な宇宙線の遮蔽能力が格段に向上することが明らかになった。

それを皮切りに、ニムロディウムを用いた合金設計の技術も飛躍的に進歩し、それまで絶対不可能とされた恒星間航行の推進装置や高機能な宇宙構造物の建造が可能となった。
この流れを受けて、惑星ネンブロットの鉱物資源開発に乗り出したのが国際資本グループ『トリアド・ユニオン』だ。代表会議の場に幾つもの三色旗が並んだことから、当初は「トリコロール・ユニオン」と呼ばれていたが、出資者の増加に伴い、『トリアド・ユニオン』と名称を改めた。そのシンボルは、聖なる力とバランスを表す三叉矛(トライデント)である。

トリアド・ユニオンの他にも様々な資本がネンブロット進出を目論んだが、トリアド・ユニオンに決定的な優位をもたらしたのが《ニムロデ鉱山》の発見だ。

ニムロデ鉱山は、惑星ネンブロットの赤道直下に広がる二六〇万平方キロメートルにも及ぶ巨大な単体火山だ。地下深くにはニムロディウムの含有率三〇パーセントを超えるニムロイド鉱石の大鉱床が広がり、その商業的価値は計り知れない。だが、採掘は困難を極め、あまたの業者がつるはしを折る中、アダマント*3のような岩盤を掘り抜いて、これをいち早く手中に収めたのが、トリアド・ユニオン傘下の鉱山会社《ファルコン・マイニング社》だ。

当時、宇宙開発には幾多の問題が横たわっていた。その最たるものが、旧時代に制定された宇宙開発法「宇宙の領土はいかなる国家にも属さない」という規約である。この曖昧さゆえに、宇宙開発の主導権は『国』ではなく、巨大な多国籍資本が掌握していた。かつて宇宙船の船体には国家の偉業を称えて国旗が描かれたものだが、新時代の宇宙船には出資した企業のロゴがずらりと並んでいる。

そんな中、中堅の鉱山会社に過ぎなかったファルコン・マイニング社が、いち早くニムロデ鉱山の鉱業権を手に入れたのも、宇宙鉱業法が整備される以前の『先願主義』の賜だ。ファルコン・マイニング社は、宇宙文明の基礎であるニムロディウム市場を瞬く間に独占し、採掘から販売まで一手に手掛け、「ファルコン・マイニング社の採掘機が止まれば宇宙船も飛ばない」と言われるまでになった。

更に系列会社であるファルコン・スチール社がニムロディウムの製錬法を確立し、優れた強度や耐久性を備えたニムロイド合金の大量生産が可能になると、宇宙航空、建設、恒星間通信など、宇宙文明を支える技術が飛躍的に向上し、宇宙植民時代が幕が開けた。

これを機にUST歴(世界標準時間(ユニヴァーサル・スタンダードタイム))が導入され、人類は宇宙に向かって爆発的に領土を広げたのである。

*1) Fortes fortuna adjuvat(運は勇敢な者たちを助ける) 引用『ラテン語名句小辞典』 野津寛(著) 研究社
*2) 『復讐するは我にあり』 新約聖書『ローマ人への手紙』第十二章・第十七節~第十九節(文語訳)
*3) 『アダマント』 《外力が通じない》強固なもの,堅固無比のもの;<詩> 鉄石のような固さ;<古> 無砕石《想像上の石で,実際には金剛石・鋼玉など》 [リーダーズ英和辞典第3版]

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海底鉱物資源を採掘せよ 文明を支えるレアメタルと世界の鉱業問題 なぜ海底鉱物資源の採掘が必要なのか、技術的難易度から説明。文明を支える希少金属と鉱業の現状、世界を制する鉱山会社との攻防を描いています。採鉱プラットフォームを完成させ、有人潜水艇のパイロットを探し求める過程で、『リング』と呼ばれるユニークな海洋都市の構想を知りますが、海洋開発をめぐって意見が対立。それでも採用に漕ぎ着けるまでのエピソードです。

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この記事を書いた人

石田朋子

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。科学番組の全盛期に子供時代を過ごした影響でSFを書いています。モットーは『Newtonから月刊ムー』まで。文芸とサイエンスを融合した新しいスタイルの作品を手掛けています。

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