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自然保護か、産業開発か ~科学の良心と生命への敬意が海洋社会の公益をもたらす

海と恋の物語
土着生物の発見と資源開発をめぐり、宇宙開発機構による公聴会が開かれる。自然保護など必要ないと主張する鉱山会社と、生命に謙虚であるべきとする彼の間で議論になるが、共存共栄を願う彼の言葉は大勢の胸を打つ。モデルとなったカムチャッカ半島の火山や自然の風景も併せて。
目次

【社会コラム】 産業開発か、自然保護か

産業開発を優先するか、自然保護を重視するかは、世界的な問題です。

何でも保護を唱えて自然を最優先にすれば、木も切れず、埋め立てもできず、産業も発展しません。

かといって、どこもかしこも伐採し、山を削って、湾岸を埋め立てれば、生態系もあっという間に破壊され、それは回り回って人間の安全を脅かすようになります。

何をもって保護の対象とし、どこからを開発可能とするか、その線引きをするのは人間です。

現代文明は人間のエゴを中心に回っているといっても過言ではありません。

だとしても、それを意識するか、しないかの差は大きいですし、過ちはいつか取り返しのつかないダメージとなって、我々の生命環境を破壊するでしょう。

何をどう選択するにしても、判断の拠り所となるものは、正しい知識と生命に対する感性です。

一つの生物の生態を知ったところで、今すぐ何かが変わるわけでありませんが、より良い未来を築く為には、正しい知識と生命を思う感性が不可欠なのです。

【小説の抜粋】 学術調査と科学者の良心

それぞれの思いが交錯する中、アル・マクダエルはアステリアの海洋調査について虚偽の報告をしていた疑いをかけられ、公聴会に召喚される。
一部の誤解を解く為、ヴァルターは海洋開発事業の全てを知る採鉱プラットフォームの元マネージャー、ダグの助けを借りて、証拠集めに奔走する。
世間の注目が集まる中、アルは証言台に立ち、鉱物学者の父子の悲劇と鉱業界の不正について語る。
同じく、証言台に立ったヴァルターは、ドミニク・ファーラーの懐刀と言われたグレイブ氏の鋭い追及にもめげず、科学の良心と社会の公益を説く。

このパートは『第五章・指輪』の抜粋です。作品詳細はこちら

そして、いよいよアル・マクダエルの名前が呼ばれると、会場中が一斉に息を呑んだ。

アルが立ち上がり、タヌキのような身体を右に左に揺すりながら演台に就くと、彼も身を乗り出し、手摺りを握りしめた。

若干顔がむくんだように見えるが、岩をも貫くような気魄は以前と変わらない。むしろ、いっそう研ぎ澄まされ、これほどの意力がどこから湧いてくるのか、好奇心で見に来た連中も息を呑むほどだ。

女性委員長は、まずアルに事実の確認を行った。MIGとエンタープライズ社の相関関係、事業内容、役職、産業振興会における役割、等々。アルが「すべて相違ありません」と答えると、公聴会の核心である「海洋調査」および「海台クラストの採掘」に話を進めた。

壇上のプロジェクタには、カーネリアンⅡ号を使ったローレンシア海広域調査や、初めて水深三〇〇〇メートルから海底堆積物を採取した時の甲板作業の模様、企業情報として公開している採鉱プラットフォームの見取り図やシステム概要などが映し出され、三〇年以上にわたる長い探求であったことを改めて世に知らしめる。

スライドの最後に、彼が実況したメテオラ海丘の海底探査の模様が映し出されると、彼は複雑な思いで動画を眺めた。

砂の上に顔を出した虫(ワーム)たちは、人間の思惑などまるで意に介さぬように長い触手を広げ、深い海の底で青いガーベラのようにたゆとう。そこに企図などあろうはずがなく、彼らはただ与えられた命を生きているだけだ。

画像やビデオを用いた状況説明が一通り済むと、女性委員長は居住まいを正し、アルに質問した。

「三月二十六日、メテオラ海丘の南側の基底部で、ワーム状の土着生物が発見されました。これが何であるか、サンプルを採取して詳しく調べてみないと分かりませんが、最近では同じエリアを調査中の学術団体がさらに四種類の生物を発見し、ビデオ撮影に成功しています。そこでマクダエルさんにお伺いしたいのですが、あなたはこの三十年間、ローレンシア海域の海洋調査を主導し、全ての調査について結果を知り得る立場におられましたが、これまでにアステリア固有の土着生物を発見しながら、その情報を隠匿し、関係機関への報告を怠ってきたという事実はございませんか」

「ありません」

アルはホールに響き渡るような声で答えた。

彼は固唾を呑んで見守り、リズも膝の上で両手を握りしめ、父の背中を見つめている。

「今から四十二年前、ウェストフィリアの第一二五次調査団に参加した鉱山学者の父子から、マグナマテル火山の洞窟で見つけた『生き物』について詳しく知らされていたというのは本当ですか」

わずかにアルの眉が動いたが、「鉱物学者というのは、誰のことですか」とわざと聞き返した。

「エルバラード理工大学の地学研究所に所属していたイーサン・リースと、長男のダニエル・リースです」

「子供の頃から家族ぐるみの付き合いがあったのは本当です。ウェストフィリア調査の事も聞きました。しかしながら、生き物に関しては曖昧な事しかお答えできません」

「どうしてですか?」

「一五八年五月十一日、イーサン父子はマグナマテル火山の古い噴気孔に入り、硫化ニムロディウムのサンプルを持ち帰りました。現在では火山ガスの晶出物と認識されているものです。その際、洞窟の天井に、ぬめぬめしたゼリーのようなものが多数ぶら下がっているのに気付きました。菌類ではないかと考え、採取を試みましたが、天井が高く、採取用の器材を届かせることも、壁を上ることもできませんでした。その代わり、足下に落ちていたそれらしきものを鉱物用のサンプル容器に入れて持ち帰りました。しかし、トリヴィアに帰った時には容器の中身は完全に液化し、判別できる状態ではありませんでした。念のため生物学用のラボラトリに持ち込みましたが、あまりに状態が悪く、検査のしようもなかったそうです。本当にそれが生物だったのか、彼らにも確信はありません。蒸気の立ちこめる洞窟で、高さ三メートルの天井からぶら下がるゼリー状の正体を、懐中電灯だけで見極めるのは熟練の生物学者でも困難でしょう。『生き物のように見えた』というだけで、これはあくまで印象であり、仮説です」

「その後、父子はその事実を公的機関に報告しましたか」

「それについては迷っていました。イーサン・リースは厳格な学者ですから、憶測だけで学術的なレポートは作れません。それより鉱物サンプルの分析やデータ整理に忙しく、それに関しては後回しになっていました」

「なぜ途中でうやむやになったのですか」

「うやむやにしたのではありません。研究を完遂できなかったのです」

「なぜですか」

「長男のダニエル・リースが暴漢に殺害されたからです」

にわかに会場内がざわつき、彼も(ダナ会長のことを話すつもりか)と息を呑んだ。

「お静かに。――質問を続けます。ダニエル・リースは一五八年十月十五日、四名の暴漢に襲われ死亡していますね。そして、その場にダイアナ・ユージニア・マクダエル、すなわち、あなたの実姉であるダナ・マクダエル会長も居合わせた。それは事実ですか」

「――その通りです」

再び大きなざわめきが起こり、リズもヴァルターも顔を強ばらせた。

「ダナ・マクダエル会長がダニエル・リースと一緒に居た理由は何ですか。ダナ・マクダエル会長も生き物のことを知っておられたのでしょうか」

「イーサン父子から土産話として聞いています」

「襲撃事件と生き物に関連性はありますか?」

「全くありません。犯人は金目のものが手に入るなら誰でもよかった。二人は公園で話していたところを運悪く目を付けられたのです」

「では、イーサン・リースの研究が完遂しなかったのは何故ですか。あるいは故意に隠蔽したとは考えられませんか」

アルはしばらく黙っていたが、まっすぐ女性委員長の目を見据えた。

「ダニエル・リースが目の前で殺害された時、姉は二十三歳でした。自身も重傷を負い、三ヶ月近く、死の淵をさまよいました。それはダニエル・リースの両親も同様です。わたしも死体安置所で一家に再会しましたが、今でも母親の泣き叫ぶ声と父親の憔悴しきった顔は忘れられません。そのような状況で生き物がどう、鉱物資源がどうと画策する余裕があったと思いますか? 事件の後、イーサン夫妻は失意のどん底でトリヴィアを去りました。その際、イーサンの学友で、ジオサイエンスの主催者、バダミ博士に研究データが渡ったのは周知の事実です。博士は第一二六次ウェストフィリア調査に参加し、マグナマテル火山の別の噴気孔で硫化ニムロディウムの採取に成功しました。いわばイーサンがヒントを与え、バダミ博士が立証した次第です。学術的な発見は、見つけたその日のうちに世界中に公表されるわけではありません。それを裏付けるサンプルや実験結果など、全てが揃って科学的に立証されてからです。噴気孔の硫化ニムロディウムやゼリー状の物質についても、ダニエルの事件がなければ、きっとイーサン自身によって公表されたでしょう。わたしもローレンシア島に進出した時から生き物のことは頭の片隅に置いていました。だが、ティターン海台からは何も見つからなかった。それだけの話です。見つかれば、必ず規定に則って報告しましたよ」

女性委員長は決まり悪そうにファイルを繰ると、臨席の男性委員と二言、三言、言葉を交わした。

「イーサン・リース父子が残したウェストフィリア調査のレポートを参照することはできますか」

「コピーの一部を保持しています。バダミ博士は十五年前に永逝されましたし、当時、学界の精鋭として活躍されていたジオサイエンスのメンバーも大半がこの世の人ではありません。硫化ニムロディウムの存在が学術的に証明され、世間の認知を得るまで、世に出さない約束でしたが、海台クラストの採鉱が始まり、土着生物も発見された今、レポートの提出に異議を唱える人はないと恐察します。もっとも、わたしの所持するコピーは研究成果のほんの一部に過ぎず、完全版を預かったのはバダミ博士です。それ以上のことは、わたしには分かりません」

「イーサン・リース博士、もしくはそのご家族は今も健在でいらっしゃいますか」

「いいえ。事件以降、当方への連絡は一切ありません。年齢的にも、既にこの世の人ではないと推察します。しかし、バダミ博士とは交流が続いていたはずです」

「あなたに連絡されなかった理由は何だと思いますか」

「察するに、わたしたち姉弟に事件の余波が及ぶのを恐れて、距離を置いたのではないかということです。周知の通り、ニムロデ鉱山がニムロディウムの供給源として大きな位置を占めるようになってから、その成因については『小天体衝突説』が一世紀以上も支持されてきました。揺るがぬ定説の中で、それを覆す新説を唱えることは、学者としての生命も脅かしかねません。まして、わたしと姉はニムロイド合金の事業に深く関わり、社会的立場も庶民とは大きく異なります。下手に関われば、わたしと姉の将来はもちろん、MIGにも大きな影を落とすかもしれないという深慮でしょう。本来、マグナマテル火山における硫化ニムロディウムの発見は、学術界のみならず、鉱業、金属業、製造業、末端の業者に至るまで、エポックメイキングとなるものでした。だけども、利害が絡めば、人は平気で嘘をつき、真実もねじ曲げる。その為に不利益を被るのは、真っ当な庶民であり、名も無き人たちです。イーサン・リースは自身の学問が社会の役に立つと信じ、どれほど圧力をかけられても、科学的事実を決してねじ曲げようとはしませんでした。その姿にバダミ博士も心を動かされ、わたしも人生を懸けて海のニムロディウムの可能性を世に知らしめようと決心したのです。もし、そこに悪意があるなら、バダミ博士も命がけでマグナマテル火山の噴気孔に入ることはなかったでしょうし、非常に困難な中、採鉱システムの開発に尽力する人もいなかったと思います。わたしも絶対的に正しい事をしたとは言いません。しかし、正しい学説が人々の目を開かせ、海台クラストの採鉱が鉱業の在り方に一石を投じたなら、それは真理の勝利でしょう。ここでいう真理とはイーサン父子の信念です。わたしもバダミ博士も徒弟に過ぎません。それだけに、最愛の息子を失い、生涯のテーマと定めた研究も途中で断念せざるを得なくなった無念は計り知れません」

場内は深い感慨に包まれ、女性委員長も大きく頷いた。

その後、アステリア開発が民間主導で行われた経緯や、企業連合などの疑惑について、様々な質問が続いたが、トリヴィア政府の無理解で支援が撥ね付けられた事実は、当時の政府機関の回答書を見れば一目瞭然だ。ダグやワディが徹夜で用意した証拠の一つ一つが大型プロジェクターに映し出されると、場内にも呆れるような声が上がった。助成金や有志の申請、雇用支援、上下水道や通信設備の拡張、等々、トリヴィアなら当たり前のように受理される案件も、全て「拒否」「却下」「適応外」との回答である。これだけNOを突きつけられては、民間で有志を募って対処するより他ない。それを「利権の独占」「カルテル」と言われては、どんな企業活動も断然せざるを得ない。

真っ当な反論の元、女性委員長が厳かに閉会を告げると、関係者や傍聴者はぞろぞろと席を立った。

【リファレンス】 カムチャッカの火山

ウェストフィリアのモデルでもあるカムチャッカ半島の火山群。今でも大規模な噴火を繰り返しています。

地殻活動の活発なエリアだけに、カルデラ湖、噴気孔、泥温泉など、見どころもたくさん。一度は訪れたい、地学イベントの宝庫です。

海底地形も非常にユニーク。東側の近海は二つのプレートが沈み込み、マグニチュード7を超える大地震の多発地帯でもあります。
そして、その先にあるのが日本列島ですね。

Rusia: terremoto de magnitud 7,7 frente a península de Kamchatkaより
カムチャッカ半島

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この作品を書いた人

石田朋子のアバター 石田朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。1998年よりWEB運営。車とパソコンが大好きな水瓶座。普段はぼーっとしたお母さんです。東欧在住。

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