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数百年に一度の水害に備える ~オランダの堤防と治水

海と恋の物語
オランダのアフシュライトダイク(締め切り大堤防)に魅了されたグンターは堤防管理に携わり、高い志をもって仕事に打ち込む。だが住民の命を守る締切堤防より自転車競技の為の改修が優先されると知り、自治体の方針に疑問を感じる。オランダ南部、ゼーラント州のスヘルデ河口に建設された締切堤防や防潮堤防によって作り出された湖の画像などを掲載。
目次

【建築コラム】 数百年に一度の水害に備える

自然災害に関しては、予測ほど当てにならないものはないと思います。

机上の計算では許容範囲でも、実際に起こってみれば、予想をはるかに超える被害がもたらされることもあります。そもそも、高度なコンピューティングシステムを使って、精密な値が得られるようになったのも、ここ数十年ほどの話で、データ的には一世紀の歴史もありません。日本で起きた数々の大噴火や大地震も、古文書や歴史書が当時の被害をわずかに伝えるのみで、津波の速度や高さ、断層のずれ、プレートの動きや形状など、詳しい情報が得られるようになったのは20世紀以降です。

まして地震や噴火など、大規模な災害に関しては、10年、20年の短いスパンでデータを比較したところで、メカニズムを完全に理解することは不可能ですし、数十年先、数百年先の未来まで正確に言い当てることはできないでしょう。

スーパーコンピュータを使った高度な解析は近年始まったばかり、46億年の歴史をもつ地球に対して、まだまだ駆け出しのレベルと言わざるをえません。

そんな中、『絶対に大丈夫』などと、どうして言えるのか。

海も大地も何千年、何万年の長いスパンで活動を続けています。

人間にとっての今日明日など、地球にとっての瞬きに過ぎません。

大地が地下に溜まったマグマを吐き出す間隔が数百年おきとしたら、地球規模の天候異変も千年おき起きても不思議はない。その千年の”間”を、どうやって人間が知り得るのか――という話ですね。

世間の思惑は目先の利益に向きがちで、『数百年に一度』の備えはどうしても後回しにされがちです。

自分たちの代さえ安全ならそれでいいのか、私たちは常に自身と社会に問いかける必要があります。

【小説の抜粋】 干拓地の安全か、国際自転車競技か

カールスルーエ出身のグンターは、オランダのアフシュライトダイク(締め切り大堤防)に魅せられて、治水の仕事に就く為に、干拓地フェールダムに移り住む。

息子の言葉の問題も快方に向かい、いっそう堤防管理に打ち込むグンターは、干拓地の締切堤防の補強工事を訴えるが、自治体は、五年後に開催さらえる国際自転車競技に備えて、可動式大防潮水門の改修工事を優先する。

このパートは『第一章・運命と意思』の抜粋です。作品詳細はこちら

グンターは上級技師の試験に合格し、治水局でも立案を司るワンランク上の職務に昇級した。治水研究会でも地元の有識者や土木技師らと連携し、中心的な役割を担うようになっている。

関係者の目下の懸念は、ここ数年の異常気象と、フェールダムの生命線とも言うべき締切堤防の老朽化だ。

以前からフェール塩湖や河川の水位上昇が指摘されてきたが、ここ数年の突発的な集中豪雨と潮位の異常はネーデルラント南部に限ったものではなく、近隣諸国でも問題視されている。

フェール川河口に締切堤防が築かれてから、はや四世紀。幅一七〇メートル、全長三キロメートルに及ぶ頑丈な作りだが、最後に大規模な補強工事が行われてから八十年以上が経過し、その間にも河川や気象は大きく変化している。締切堤防だけでなく、沿海の盛土堤防や町中の排水施設も同様だ。

とりわけフェールダム北部沿岸の盛土堤防のように、七世紀も前に造設され、何期にも分けて盛土を施したような旧式の堤防は、定期的に補強しないと想定外の水害を引き起こす恐れがある。

高潮で盛土堤防が越水し、干拓地に大量の海水が流れ込んで、塩湖や町中の運河の水位が一気に上昇すれば、頑丈な締切堤防も非常に危険な状態になる。これに高潮が加われば、幅一七〇メートルのコンクリートダムでもひとたまりもないだろう。

また干拓地そのものも自身の重みで年々地盤沈下しており、フェールダム一帯の治水能力が落ちているのは明白だ。一刻も早く計画高水位を見直し、各施設の補強を急ぐ必要がある。

治水局でも政務担当官らが第二次デルタ計画の準備委員会に加わり、問題点の整理や計画立案に当たっているが、大都市の高機能堤防のように、幾つもの河口に跨がって築堤されている重要施設ばかりが優先され、フェールダムのような人口七千人の干拓地の盛土堤防や、中規模な締切堤防は後回しにされがちだ。また五年後にはフェールダムの東側にある可動式大防潮水門で国際自転車競技が開催されることもあり、州やイベント関係者としてはそちらの改修を急ぎたい。

先日も、自治体の代表や専門家を交えて話し合ったが、結果は何時もと同じだ。七千人が暮らす干拓地の安全より、数日で終了する自転車競技の方が重要だとでもいうのだろうか。

【写真で紹介】 オランダの堤防と美しい干拓地

こちらがモデルとなった締切堤防。全長三キロメートルで、海と広大な河口を完全に仕切っています。仕切った河口は、ほのかに辛い塩湖となり、ウィンドサーフィンやボート遊びのメッカとなっています。水も堤防で仕切ったとは思えないほど透明できれいです。内側には自動車専用道路が走り、沿岸の南北を結ぶ交通の要所でもあります。

オランダの締切堤防 湾岸道路

遠くに見えるのが防潮水門。これも広大な河口を仕切り、水位を調整しています。第一次デルタ計画で防潮水門や締切堤防が建設される以前は、しばしば悲劇的な水害に襲われました。もしオランダの排水施設が完全にストップしたら、約三ヶ月で、西側一帯が冠水するといわれています。

大防潮堤

こちらはモデルとなった海の風景です。砂浜が素晴らしく綺麗で、地元では有名なビーチリゾートです。ただし、風が非常に強いので、日本人的な感覚では寒いと感じるかも。カイトサーフィンのメッカです。厳冬期の寒さは筆舌に尽くしがたいでしょうね。

広々とした美しい砂浜

レストランやサマーハウスもあります。

シーサイドのお洒落なレストラン

サイクリングやマラソンで賑わう締切堤防の天端。見晴らしもよく、市民の憩いの場です。

サイクリングに最適な天端の遊歩道

写真で見ても分かるように、オランダは海沿いも内地も非常にフラットです。満潮時と干潮時では、砂浜の面積が数倍も異なります。つまり、少しでも潮位が上昇すれば、物凄い勢いで水が流れ込んでくるのです。堤防や防潮水門がなければ、数十センチの潮位上昇でも、干拓地には脅威となります。

1953年の大洪水の模様はこちらのサイトで詳しく紹介されています。
Josnoオランダ講座 『オランダ 1953年の大洪水 歴史の勉強をしてきました』

雄大でフラットな砂浜

平らな砂浜が果てしなく広がる

満潮から干潮にかけて、どんどん海水面が後退し、夕方の最大干潮時になると、波打ち際は数百メートル先の彼方まで遠ざかってしまいます。

分かりやすく言えば、午前中、波打ち際にマットを敷いて寝そべっていたら、午後四時頃には水面がはるか彼方に遠ざかり、もはや何所が波打ち際か分からないほど後退してしまう……という感じ。(オランダの海岸ではうっかり日光浴もできません。一時間ごとにマットを移動しないといけないので。)

逆に言えば、少しでも海面が上昇すれば、猛烈な勢いで海水が押し寄せてくる、というわけですね。

どんどん水際が遠ざかる

Nederland=低地=オランダ、その名の通り、町が水面より低い位置にあります。
間近で見ると、よくこんな所に住む気になったなあと思います。

堤防に隣接する家屋
Photo : https://goo.gl/ta68eH

スヘルデ河口を仕切る締切堤防。内側に、二車線の湾岸道路が走り、海岸で遊ぶ人の為の駐車場が設けられています。

締切堤防の湾岸道路と駐車場

堤防は、まさに社会の生命線です。
あれやこれやと備えても、何年、何十年、あるいは何百年と、何も起こらないかもしれません。
しかし、ひとたび決壊すれば、その被害は計り知れません。
いつ訪れるか知れない、何千日、何万日かの、たった一日、あるいは一夜の為に、何億もの費用を出して、「その日」に備えるのは無駄なように見えますが、堤防が決壊すれば、それ以上のものが失われます。
今日の油断は、子孫のツケなのです。

オランダの高機能堤防。

水を管理するだけでなく、エネルギーの創出、環境保護、農業促進など、様々な効果を取り入れています。

本作に登場するフェーレの町並み。小さいながらも、親水性に富んだ、愛らしい町です。

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この作品を書いた人

石田朋子のアバター 石田朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。1998年よりWEB運営。車とパソコンが大好きな水瓶座。普段はぼーっとしたお母さんです。東欧在住。

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