第二章 採鉱プラットフォーム ~ミッション開始(11)

リズのアルバイト

社長の父から離れて独り立ちしたいリズは身分を隠して物流センターのアルバイトを始める。大半は自動化されているが、最後の仕上げは人的な配慮が欠かせず、大量の物品を仕分けするのは重労働だ。だが物流は社会の有り様を如実に映し出す鏡であり、リズは一心に取り組む。
一方、採鉱プラットフォームはテスト潜航の是非を巡って紛糾しており、アルは高級車と潜航費用を引き合いに娘を諭す。

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同じ頃。

リズは父の勧めで、物流センターでアルバイトすることになった。

物流センターはローレンシア島の北東部、宇宙港に隣接する物流の拠点で、大半の貨物の受け入れ口となっている。アステリア・エンタープライズ社とトリヴィアの複数の業者が共同出資で設立し、エンタープライズ社の主導で運営されている。

父がアステリアの物流に着手した時、「畑違いの分野に手を出す身の程知らず」と揶揄する声もあったが、元々、特殊鋼メーカーの老舗として多方面にコネクションを有しており、原鉱や鋼が生活物資に置き換わったに過ぎない。父の立ち上げた物流サービスは、瞬く間に産業のみならず人々の暮らしも変え、アステリア発展に一役買ってきた。今では「畑違い」と揶揄する者は一人としてない。

実際、父が参入するまで、宇宙港も工業港も山ほどの貨物を抱え、「注文した資材が届かない」とメーカーと販売店の間で押し問答になることもしばしばだった。庶民の暮らしにおいては食糧や生活物資が慢性的に不足し、病人の治療食や歩行器など、需要の限られた製品になると、注文から配達まで何週間、何ヶ月と待たされることもしばしばだった。

そこで、父は旧知のコネクションを活かして配送ルートを確保し、その分野で実績のある物流業者に新しい管理システムを構築させ、個々の世帯については生活協同組合のような形でオーダーをとりまとめるサービスを展開し、物資の流れを劇的に改善した。一見、採鉱プラットフォームとは何の関係も無いようだが、物流の充実は確実に産業を底上げし、従業員の生活の質も向上した。

現在、産業用品や生活物資の多くはトリヴィアの中央配送センターから一括で発注、品物がアステリアに到着したら物流センターで仕分けし、各居住区に配送する方式をとっている。

そんな物流センターで一番きついと言われるのが、最終過程の仕分けだ。

到着した貨物船からコンテナを運び出す作業は大半が機械化されているが、倉庫に移された個々の商品をオーダーシートに従ってピックアップし、専用ボックスに収納して配送車に載せる作業は人手に頼っている。一見単純に見えるが、何百項目にわたるオーダーを確認しながら必要な分だけピックカートにとりわけ、専用ボックスに無駄なく収納する作業は神経も体力も使う作業だ。

父はリズにこのピッキング作業の手伝いを命じた。

最初、リズは「無償でいい」と申し出たが、

「それこそお嬢さん芸だよ。真面目に働いている人たちに失礼だ。働いた分のお給金はちゃんと頂きなさい」

と父に言われ、納得した。

リズが物流センターのオフィスに顔を出すと、五十代半ばの部長が出迎えてくれた。セキュリティの目的もあり、「アル・マクダエルの娘」とは言ってないが、遠戚の娘にしても、あの理事長にこれほど美しい身内がいるとはまったく予想しなかったように目をぱちくりする。

リズに与えられた仕事は、ライフサポート部門のピッキング作業だ。部長の案内で従業員用の控え室に足を運ぶと、仕分けエリアのベテラン作業員でダヌシェという女性が彼女を出迎えた。五十代半ばの丸顔の主婦で、物流センターに勤めて十年になるという。

「私物はこのロッカーに入れてね。服装はパンツルックだから大丈夫だと思うけど、汚れが気になるならユニフォームを貸すわ。それから髪は一つにまとめて、毛髪がピッキングカートに落ちないように気を付けて。支度が出来たら、二階フロアのカート置き場に来て下さい」

リズは礼を言うと、本革のショルダーバッグをロッカーに入れ、紺色のテーラードジャケットをハンガーにかけた。それからバッグのサイドポケットに入れていた黒いべっ甲の髪留めを取り出し、蜂蜜色の長い髪を後ろで高く結い上げた。

仕分けフロアのピッキングカート置き場では、ダヌシェが大きなエプロンをかけて待っていた。リズにも膝が隠れるほどのエプロンを手渡すと、

「ここが最終の仕分けフロアよ。対象となる商品は食料品、衣料、日用雑貨がメイン。住民は居住区ごとに小さな生協グループを作っていて、グループごとにオーダーをとりまとめるの。商品の受け取りと分配もグループ内で行っているわ。各世帯に個別に配送すると人手もコストもかかって大変だからね。ここでは一つのコープグループに対して一つのピッキングカートを使い、最終的な商品の仕分けを行うの。簡単な作業だけど、商品の種類も多いし、間違うとしつこくクレームを入れられたりするから、けっこう大変なのよ。人手も不足してるから、特に配送前の火曜日は忙殺されるわ」

「人手が不足しているのは何故ですの?」

「期間限定で働きに来ている単身世帯が多いからでしょうね。家族で移住している人も少なくないけど、全体の七割ぐらいかしら。すると、どうしても基幹産業以外のサービス業に従事する人も限られるでしょう。その中でも、こうした肉体労働は敬遠される。お給金も事務職に比べたら低いから」

「あの……責任者はそれを知っているのでしょうか」

「部長のこと?」

「いえ、その――全体のマネージャーです」

「そりゃあ、ご存じですよ。私たちも折に触れて上申してますもの。ただ、求人をかけても、なかなか応募がないのも事実だし、新しい人が来ても、家族の都合で二年後にはトリヴィアに帰ってしまったり、なかなか理想通りにはいかないものです。きっとどこの職場も似たり寄ったりでしょうけど」

それから時間を気にするように、ダヌシェはピッキングカートの説明を始めた。

ピッキングカートは高さ一〇〇メートル五〇センチ、横幅九〇センチの二段式のワゴンで、二つのプラスチックケースを収納することができる。

上段にはデジタルピッキングシステムに対応した液晶ディスプレイが付属しており、コープグループのオーダーや商品の収納場所が表示される仕組みだ。たとえば「ベビー・ビスケット二箱=A列23」「コンタクトレンズ洗浄液三箱=C列51」のように。商品をピックアップしたら、バーコードに読み取り、オーダー内容と間違いがないか自動的にチェックする。単純な作業に見えるが、大人の背丈あるほどピッキングカートを押し、五〇メートルに及ぶフロアの隅から隅まで歩き回り、何段もある保管棚から一つ一つ商品を探し出してバーコードで読み取る作業はかなりの体力仕事だ。

作業員の負担が少しでも軽減するよう、保管棚のレイアウトは非常によく工夫されており、オーダーされた商品の収納場所に近づくと自動的に液晶ディスプレイにメッセージが現れる。父の話では、フロア設計とデジタルピッキングシステムを手がけた会社は、MIGインダストリアル社の倉庫係から出発したらしい。最終的にMIGから独立したが、「人目に付かない所にも未来の逸材はいるものだ」と父が嬉しそうに話していたのを思い出す。

リズは二つのコープグループのオーダーを小型端末に読み取ると、早速ピッキングを開始した。

コープグループは島の西側、古くからある団地のものだ。家族世帯が多いのか、細々した日用品が多く出る。中には、子供の眼鏡、糖尿病の治療食、民族伝統の食材や調理器具なども含まれ、一人一人の名前と顔は知らなくても暮らしぶりが覗える。

ディスプレイとにらめっこしながら、リズはてきぱきと商品を詰めていったが、一グループ終わったところで、ダヌシェがカートの中身をちらと見て言った。

「内容に間違いはないんですけど、詰め方を工夫してくださいね。カートのプラスチックコンテナはそのままコープグループに配達されるんです。商品の形状や大きさにもよるけど、なるべく食料品は食料品、日用品は日用品でまとめた方が受け取る側も気持ちがいいでしょう。かさばる物や割れ物は下側にするとか、パッケージものは隙間に詰めるとか、ピッキングしながらその都度、詰め方を工夫するんですよ。こういう仕事は単純ですけど、臨機応変にやらないと効率よく進みません。それに商品の詰め方が悪いと、些細なことでクレームがきたりします」

「ご、ご、ごめんなさい」

「一週間もすれば、すぐに馴れますよ」

ダヌシェは優しく励ましたが、リズは情けない気持ちでいっぱいだ。

最初の八時間はなかなか辛いものだった。

日頃歩き馴れないせいか、午前中だけで足がパンパンになり、肩も腰も痛い。ずっとディスプレイを見ているせいか疲れ目にもなる。これが期間限定のアルバイトでなかったら、暗澹たる気持ちになったかもしれない。

それでもオーダーを見ていたら物の単価が分かるし、人が暮らす上で必要とする物も分かる。回を重ねるうちに、もっといろんな事が分かってくるだろう。地味な仕事だが、商品の仕分けだけでもいろんな勉強になるとリズは思った。

午後五時に日給を受け取ると、海岸通りにある小さなカフェに立ち寄り、初めてのお給金でカフェ・マキアートを注文した。

店内は白を基調としたモダンなインテリアで、大きなガラス窓の向こうに海が一望できる。白いカフェテーブルにはハート型のアロマキャンドルが置かれ、静かに流れるスムースジャズが心地いい。

こういう場所で好きな人と語り合えたら、どれほど素敵だろう。ふと誰かの顔を脳裏に浮かべ、慌てて胸の中で打ち消す。

帰り際、レジのショーケースで幾種類のブレンドティーを試し、果肉入りのストロベリー・ティーを買い求めた。

レシートを見ながら、改めて時間給の少なさを思い知る。

仕分けを一生続けても、将来彼女が相続する資産の十分の一にも満たないだろう。

リズは仕分けエリアで黙々と働くパートタイマーの女性や、与えられた職務を懸命に果たそうとするダヌシェの顔を脳裏に浮かべ、(人より恵まれたものを持って生まれたなら、私はそれを社会に還元したい)と心に誓った。

父がアステリアと採鉱プラットフォームに人生を懸けたように、私も人生を懸ける何かを見つけたい。

その日は少し遅めの夕食の後、リビングのデッキテラスで父と一緒にストロベリー・ティーを味わった。

ダークブラウンのウッドデッキには、高級ラタンのシートチェアと一人掛けチェア、百八十度に展開するリクライニングチェア、ガラス天板のカフェテーブルが置かれている。

リズは一人掛けチェアに腰掛け、彼女の隣では、父がリクライニングチェアに寝そべり、タブレット端末で経済新聞を読んでいる。

父はいつもダージリンしか飲まないが、リズが自分の給金で買ってきたと言えば、「そうか」と頷き、付き合いで口にした。だが、あまり好みではないらしく、カップにはかなり飲み残しがある。

甘いストロベリーの風味にほっと一息つき、ちらと横を見ると、タヌキのお父さんが大きなあくびをしながら、ぼりぼりと脇の下を掻いている。

もう二十四歳になるのに、いつまでこんな風に父親と一緒にお茶を飲んでいるのか、時々、侘しくなる。早い人なら結婚して、子供もあるというのに。

かといって父に代わる人はなく、時にプレッシャーに感じても、こうして父の側に居るのが一番落ち着く。たとえ「パパ大好き人間」と揶揄されても、父一人、娘一人、心を合わせて生きてきた経緯は、他人に推し量れるものではない。

と、その時。

父の携帯電話が鳴り、リズはどきりと胸を弾ませた。

「やあ、君か。いや、構わんよ」

くだけた口調から、長年の仕事仲間だと分かる。

「うん、うん。なんだって? ああ、そうかね。で、彼は何て? ふーん。そりゃ、君も難儀だね。分かった。……分かったよ。また、わしから話しておくよ」

適当にあやして、父はすぐに電話を切った。

だが、ずいぶん楽しそうだ。

「何か良い事でもあったの?」

リズが探りを入れると、アルはしばし考えた後、

「お前の卒業祝いに買った車は幾らだったかね」

と唐突に訊いた。

「千二百万エルクだったかしら。よく覚えてないわ。でも、カスタムメイドであの値段なら安い方よ」

「それでプロテウスに何回乗れるか、知ってるかね?」

「プロテウスって……有人潜水艇の?」

「そうだ」

「そうね、十回ぐらい?」

「良くて四回だ。海上指揮一人、ナビゲーター二人、ダイバー二人、システム監視員二人、整備員三人、クレーン操作に二人、他にも人手が要る。それらの人件費に加えて、電力、メンテナンス代、諸々の手当も必要だ。水深三〇〇〇メートルまで降りるのに、技術的には一時間もかからんが、高い旅行費だ」

リズが口をつぐむと、アルはちらりと娘の顔を見遣り、

「わしも愚かな選択をしたものだ。お前に車を買う代わりにアルバイトでもさせればよかった。結局、たいして運転もせずに車庫に入れっぱなし、おまけに高い保険金を払い続けている。どう考えても投資先を過った」

それだけ言うと、父はリクライニングチェアから立ち上がり、飲み残しのストロベリー・ティーを飲み干した。

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この記事を書いた人

石田朋子

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。科学番組の全盛期に子供時代を過ごした影響でSFを書いています。モットーは『Newtonから月刊ムー』まで。文芸とサイエンスを融合した新しいスタイルの作品を手掛けています。

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