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誰がローマのビジョンを描くか ~リーダー次第で社会は変わる

誰がローマのビジョンを描くか アイデアを社会に提示する
海と恋の物語
社会の知的基盤として海洋情報ネットワークの構築を進めるヴァルターは区政の意見を聞く為に産業労働部を訪れる。企業進出や人口増大に伴い混乱する区政において一番大事なのは「誰がローマのビジョンを描くか」だと指摘される。
目次

【社会コラム】 リーダーは大衆の本質を映し出す鏡

どんな社会でも、開始、変革、提案と、物事を推し進めようと思ったら、四方八方から異見が上がり、どんな立派なプランもまともに進まないのが現状です。

本作の舞台であるアステリアも、人口数千の僻地の開発地から、ほんの10年で数倍規模に膨れ上がり、行政の監督機能や処理能力が追いつかず、各々が迷走しています。

何事も、共通の理念と確たる方針がなければ、皆が足並みを揃えて進むことはできません。

ローマが成るにも設計図は必要だし、誰がそれを描くかで、何もかも違ってきます。

思えば、未来というのは、今、この瞬間にも、確定しているのかもしれません。

また『誰がローマのビジョンを描くか』というのは、誰を社会のリーダーに選ぶかという問題でもあります。

それは、社会を構成する一人一人のセンスや倫理観に基づくものであり、優れたスーパーヒーローが突然生み出されるわけではありません。

大志も、それを支える大衆があって、初めて機能します。

ある意味、リーダーというのは、大衆の本質を映し出す鏡かもしれません。

愚かなリーダーは、そのまんま、それを支持する大衆の姿なんですね。積極的にせよ、消極的にせよ。

【小説】 揺れ動く属領と政府の思惑

全球的な観測システムとデータ共有のアイデアを盛り込んだ、海洋情報ネットワーク構想の準備が進む中、ヴァルターは産業労働部のマルーフを訪ねる。

企業進出と人口増大に伴い、区政の産業労働部の業務も煩雑化する一方だ。

中には属領の自治と独立を求める声もあるが、マルーフは懐疑的だ。

肝心なのは「誰がローマのビジョンを描くか」だと指摘され、ヴァルターは肩すかしにあったような気分になる。

そんな彼に、上司のアル・マクダエルは「重要なのはアイデアを社会に提示すること」と説く。

関連のあるエピソード → 誰がアイデアを形にするかで、この世は変わる ~人の意思と品性がアイデアの価値を高める

このパートは『第三章・海洋情報ネットワーク』の抜粋です。作品詳細はこちら

区政センターはセントクレアの中心街の一角にある。

正式名は「アステリア経済特区管理センター」だが、みな省略して『区政センター』と呼んでる。

現在、ローレンシア島とローランド島の人口は、短期滞在の流動人口も含めて十万人弱。だが、通常の自治体とは異なり、独自の意思決定権はない。トリヴィア政府から派遣された十二名の管理委員の下、戸籍管理や各種手続き、医療福祉、教育など、区民生活に直結する部分で多少の自由裁量が認められているだけだ。それだけにアステリアの自治権の拡大を求める声は高く、『区議会の設置と区議員の選出』に対する要望も大きい。トリヴィア政府から代表権と拒否権を有する「経済特区管理委員」が派遣されてくる限り、アステリアが自らの道を選ぶことは不可能だからだ。

今、それを改善しようと方々から働きかけているが、トリヴィア政府の思惑が様々に絡み合い、改革は遅々として進まない。「どのみち二つの島に居住できる人口も限られ、発展も頭打ちになる。そのような小さなコミュニティで自治を拡大しても、かえって混乱を招くだけ」というのが、トリヴィア政府の見解であった。

それでも昨年には新棟が増築され、区の機能も拡充された。コンクリート三階建ての旧棟と、総ガラス張りのモダンな四階建て新棟を渡り廊下で連結し、ビルとビルの間には区民が気軽に立ち入りできる噴水付きの中庭も整備されている。また正面玄関のあるセンター通りも、長さ八〇〇メートルに渡ってカラフルなレンガが敷き詰められ、木製ベンチとフラワーポットが等間隔に並ぶ歩行者天国として開放されている。

ヴァルターはヴェロニカのクーペで波止場公園の公営駐車場に乗り付けると、一時間半後に浜辺の張り出しデッキで待ち合わせることを約束し、ヴェロニカは海岸近くのオフィスに、彼は目抜き通りに向かった。

二車線道路を横断して目抜き通りに入り、カラフルな石畳を五分も歩くと、区政センターの正面玄関がある。殺風景な旧棟エントランスをガラス張りに改築し、見た目はモダンなオフィスビルだが、内部は二十三年前にオープンした当時のまま、ベージュのビニール床タイルも艶がくすみ、時の流れを感じずにいない。

彼はエントランスの電光掲示板でフロアマップを確認すると、直通階段で三階に上がった。廊下の突き当たりに「産業労働部」のプレートを見つけ、細めにドアを開くと、オフィスは予想に反してこぢんまりした作りだ。職員のスペースは胸の高さほどの白いカウンターで仕切られ、カウンターの向こうには二人掛けの事務机と整理棚、PCステーションがあるだけだ。そこに職員の姿はなく、カウンター前には何かの手続きを待つスーツ姿の中年男性、その後ろに老齢の男性が少し苛立つように立っている。

隣の間からドキュメントホルダーを手にした中年の女性事務員がやって来ると、彼はカウンターから身を乗り出してマルーフ部長の所在を尋ねた。女性事務員は「三〇七」とだけ答えると、彼には目もくれず、スーツ姿の中年男性にドキュメントを見せながら険しい表情で話し始めた。彼はじっとその様を見つめていたが、先方の多忙を見て取ると、黙って退出し、階段の踊り場近くに『三〇七』のナンバープレートを見つけた。

ドアを細めに開くと、その向こうは広々とした横長のオフィスで、パーティションで仕切られた事務机がずらりと並び、二十代から六十代の男女の事務員が電話対応やPC業務に追われている。

先ほどとはずいぶん様相が違うのに、彼が目を白黒させて突っ立っていると、近くに座っていた女性事務員がマルーフ部長の部屋を教えてくれた。

部長室はオフィスの突き当たりにあり、磨りガラスのパーティションで区画されている。

彼がガラスドアの前までやって来ると、マルーフ部長の方からドアを開けてくれた。頭の禿げ上がった小柄な紳士だ。

「いきなり呼びつけて悪かったね。まさかこんなに早く来てくれるとは思わなかったよ。産業労働部のジェリー・マルーフだ。さあ、中に入って」

彼が質素な布張りのソファに腰を下ろすと、マルーフもその真向かいに腰を下ろし、

「先に『三〇七』のプレートにかかった部屋に行ったのだろう。あれはフェイクだ。本当の産業労働部はこっちだよ」

「なぜそんな手の込んだことを?」

「忙しすぎるからだ。以前はきちんと案内していたが、次から次に訪問者が来て、その度に仕事が中断するので、窓口と本部を分けたん
だよ。そして、わたしもこっちに避難中だ」

マルーフは肩をすぼめて笑った。

「それほど忙しいのですか」

「アステリアの産業に関する、企画、管理、広報、分析、促進活動、事務手続きなど一手に引き受けている。訪問客とオンラインの問い合わせでルーチン業務が回らなくなるほど多忙になり始めたのは、ここ数年の話だよ。わたしがこっちに避難したのも面倒を避けるためだ。たまに個人的に便宜を図ってもらおうとする人もあるのでね。二十数年、馬車馬のように働いて、最後は手錠で人生を終わるのも情けないでしょ」

「……お察しします」

「ともあれ、君の話は興味深かったよ。最初は付き合い半分に見てたんだが、途中で引き込まれた。前からこういう仕事をしてたのかね」

「海洋技術センターで働いてました。潜水艇のパイロットですが」

「宇宙船とどっちが難しい?」

「さあ。宇宙船は操縦したことがないですから」

「そりゃそうだ」

マルーフは声を立てて笑うと、短い足を組み替えた。

「まあ、それでもマクダエル理事長の気を引いたんだから大したものだ。あの人も『拾いの神』と言われているが、誰それ構わず情けをかけるような人じゃないよ。いざとなれば容赦なく切って捨てる冷徹さも持っている。そうでなければ、ここまで大きな事業は出来ない」

「マクダエル理事長とは長いのですか?」

「アステリア開発局の人事でここに飛ばされて以来の付き合いだ。企業と産業労働部は切っても切れない関係だからね。理事長には、中小企業や新興産業の支援、人材育成、交流会、セミナー、本来区政がやるべき務めをずいぶん肩代わりしてもらった。わたしも仕事柄、いろんな経営者の噂を耳にするが、あの人の悪口だけは本当に聞いたことがない。たまに雑音を聞くとしたら、ビジネスで後れを取った負け犬の遠吠えぐらいだ」

「そうでしょうね」

「ともかく、ここは大変だ。ローレンシア島、ローランド島、パンゲア島を合わせて十万六千の人口を抱えているにもかかわらず、行政単位としては未だに「属領」の経済特区にとどまっている。条例の制定や改廃、予算の補正や計上、監督組織の改編を提案しても、トリヴィア政府に突然決定を覆されたり、審議も通さず却下されたり、フラストレーションも多い。とりわけ産業労働部は、企業の要望とトリヴィア政府の方針の食い違いで板挟みになりやすく、五年前にわたしが副部長から部長に昇進した時も、お祝いではなくお悔やみパーティーが催されたぐらいだよ。というのは冗談にしても、まあ、それぐらい激務ではある」

「自治権獲得の動きにはならないのですか」

「みなそう言うが、トリヴィアから分離独立し、自治権を獲得したからといって、一気に問題が解決するわけじゃない。財政も、産業も、人材育成も、学校運営さえも、あらゆる面でトリヴィア政府の財政支援に頼ってる。いきなり臍の緒を断ち切るような真似をすれば、困るのは自分たちだ。それよりは徐々に自由裁量を勝ち取った方がいい。持ちつ持たれつで、少しずつ自立の道を行く」

「それは分かります」

「まさに『ローマは一日にして成らず』さ。問題は誰がローマのビジョンを描くかだ」

「ローマのビジョンですか?」

「ローレンシア島はともかく、ローランド島みたいに場当たり的に発展している所は、右肩上がりで湧いている時はいいが、いったん景気
に陰りが差すと、皆の不満や問題が一斉に噴出して収拾がつかなくなる。もうパイの残りは少ないのに、順調な時と同じように利益を得ようとするからだ。たとえは悪いが、同じどん底でも、火事で焼け野原になった町を官民一丸となって復興に取り組むのと、困窮した町で生き残りをかけて共食いするのではパワーが違う。ローレンシア島もそうだ。開発初期のひたむきなエネルギーも確固たる未来図があればこそだよ」

「その通りです」

「それで君の提案する海洋情報ネットワークだが、コンセプトは概ね賛成だよ。

オープンデータを通して、内外の人がアステリアに興味を持つことは非常に重要だ。

現時点では、アステリアの地理や産業について、区政センターのオフィシャルサイトをはじめ、産業振興協会や海洋産業研究会のウェブサイトでも詳しく紹介しているが、質量ともにまだまだ十分とは言えない。

君が提案するように、誰でも手軽にアクセスできる多目的オープンデータサービスがあれば、産業のみならず、行政、学術、市民生活、あらゆる面で効果が期待できるだろう。

だが、それには海洋情報の取り扱いに関する法的整備が必要だし、どこまでが商用利用が可能か見極める必要もある。

オープンデータシステムを作って情報を登録するのは簡単だが、産官学が連携して公共財として活用するのはなかなかハードルが高いと思うよ。それでなくてもトリヴィアとアステリア間では意思の疎通が難しい。

そこに企業や学術団体や行政機関や、諸々の思惑が絡めば、それを調整するだけでも大変だろう」

「……そうでしょうね」

「マクダエル理事長みたいに強力なリーダーシップと人間的魅力を兼ね備えた人物は希有だ。かといって、スーパーヒーローが『俺について来い』で統率できる時代も長くは続かない。一つ手で束ねるには大きく広がりすぎたんだ。これからは万民を結ぶ新たな指針や目標が必要になる。だからといって、十万、二十万と増殖するものを一様に納得させるのは容易ではない。ところで、海洋情報ネットワークだが、どうやってアイデアを形にするつもりかね」

不意に核心を突かれ、彼ははっと顔を上げた。

「聞いた話では、海洋情報部のメイファン部長が名乗りを上げ、明日には海上安全局で二度目のプレゼンテーションが行われるそうだが、かといって彼らがプロジェクトの旗振りをするわけでもあるまい。となると、君の航路も相当に険しそうだ」

「……それは……」

「まさか何の指針もないまま、行き当たりばったりに動き回ってるわけじゃないだろうね」

「そんなことはありません」

「じゃあ、君にポジションも肩書きもないのは何故なんだ」

「それは臨時雇いの身ですから……」

「それでは公式の書類一つ作れないよ。短期ビザだけで、市民権もないのだろう。トリヴィアもそうだが、アステリアも区民のステータスには厳しい。不法滞在や違法労働を徹底的に取り締まっている。ここは市民権もない人間に意見を言わせるほど寛容ではないよ。れっきとした区の職員でさえ、何を言っても聞き入れられないほどだ」

「それも知っています」

「区の管理委員会に意見書を提出するぐらいなら問題ないが、トリヴィア政府の上層機関に企画を提出したり、予算を申請するという話になると、君には権限がない。そんなので、どうやって上に働きかけるつもりかね」

「今は分かりません。でも、いろいろ動き回るうちに、どこかに足がかりが出来るのではないかと考えています」

「そんな行き当たりばったりで、本当に大丈夫なのかね」

「実際に動いてみなければ分からないと思います」

するとマルーフは再び足を組み替え、

「それじゃあ、ちょっと肩透かしにあった気分だなあ。せっかくプレゼンテーションは良かったのに、アイデアだけで後の段取りは無しというのも頼りない話じゃないか」

マルーフの言葉は彼の胸にぐさりと突き刺さった。

「なんにせよ、君のアイデアがどのように発展するか、興味深く見させてもらうよ。こちらで出来ることがあれば協力もする。正直、産業労働部の仕事だけで精一杯なんだが、もし君が政府と手を組むなら、家元とのパイプは多いほどいいからね」

『家元とのパイプ』という言葉に彼は一瞬耳を疑ったが、静かに席を立つと、一礼して部長室を後にした。

【リファレンス】 リーダー次第で社会は変わる

日本では、「誰が政治家になっても、一緒」という諦め感が漂って、選挙運動が始まっても、そこまで関心を持たないし、選挙に行かない人も多いです。

それどころか、ここの候補者、あるいは現役政治家のスキャンダルが掘り返されて、政策よりも、発言やキャラクター性が話題になったりします。

政策や思想の良し悪しにかかわらず、知名度の高い人が当選してしまうのも、その表れでしょう。

しかし、リーダー次第で社会は変わるのは本当で、利口な市長、利口な知事、利口な経済顧問らが活躍すれば、自治体も変わります。

教育にしろ、医療福祉にしろ、問題は即時解決、市民の為になる施策はどんどん取り入れて、人々の暮らしを変えていきます。

それは目に見えて大きな利益をもたらさないかもしれませんが(大企業を誘致するとか、大型ショッピングモールが建設されるとか)、「治安がよくて暮らしやすい」「通学や手続きが便利になった」等々、市民の満足度に繋がり、満足度は町の活性化や人口増加、治安維持や商業の発展にじわじわ繋がっていくんですね。

逆に、リーダーが愚かだと、どれほど市民が頑張っても、中間層の責任者が知恵を働かせても、社会全体が上向きになることはありません。

何故って、誰かが素晴らしい提案をしても、その価値が分からず、上層部が拒否してしまえば、それで終わりだからです。

ゆえに、誰が社会のリーダーになるかは非常に大事で、「誰が政治家になっても、社会は変わらない」ということはありません。

同じ日本国内でも、画期的な施策を取り入れて、少子化を解消している自治体はありますし、美観と治安を守って、いつまでも人気と資産価値が衰えないエリアもあります。

トップに立つ者が、どんな青写真を描き、どのような判断をするかで、下々、何万人、何十万人の庶民の運命は大きく変わってくるのです。

言い換えれば、庶民の諦めや無関心が、愚かなリーダーを跋扈させる原因になり、悪知恵の働く者ほど「政治運動なんか、やるだけ無駄」というイメージを植え付けて、考える力や、行動する力を奪い取ろうとします。誰も、何も言わなくなって、要求することも、疑問を呈することもなくなれば、リーダー側には都合がいいからです。

そして、それが本当にあなたの望む社会でしょうか。

映画『ロード・オブ・ザ・リング』の有名な台詞に、『小さな者でも世界を変えることができる』というのがありますが、本当にその通りで、多くの人が疑いの目を向けるだけでも抑止力にはなります。

若年層に、信頼に足るものと、信用してはいけないものの違いを教えるだけでも、十年後が違います。

たとえ大声で「おかしなものは、おかしい」と言うことはできなくても、「投票しない」「賛同しない」「買わない」「一員にならない」というだけでも、愚かなリーダーの暴走を止めることはできるんですよね。

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この記事を書いた人

家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。科学番組の全盛期に子供時代を過ごした影響でSFを書いています。モットーは『Newtonから月刊ムー』まで。かつて宇宙を夢見た少女は深海に魅せられて海洋科学の転向しました。今でもハヤブサより、しんかい派です。

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