第二章 採鉱プラットフォーム ~ミッション開始 (11)

マリーナにて ~アルとリズの語らい

ヴァルターと口論の後、アルはマリーナで娘リズと語り合う。
リズはヴァルターに海に突き落とされたショックから、しょげてはいるが、傷ついてはいない。
だがその言動から、ヴァルターに心を惹かれ始めていることを感じ取る。
アルは「彼も今は心が塞いで盲目だが、流れ出す先を見つければ、岩をも砕く激流になる」と評する。

11

午後の冗長な会議の後、アル・マクダエルはローレンシア島の西側にあるアイランド・マリーナを訪れた。

アイランド・マリーナは、セントクレアから五キロほど北に離れた弓形の内海に開かれた商業施設だ。二十年前は、近隣住民が組み立て式の浮き桟橋にプレジャーボートや水上バイクを係留する程度だったが、利用者の増加に伴い、軽食のスタンドバー、レンタルボート、民間のヨットクラブ、マリンスポーツ用品店などが建ち並ぶようになった。今では二十四時間利用可能な二つの大型バースと五つのレギュラーバース、ディンギーヤード、カフェ&レストラン、緑地公園、リゾートホテル、ショッピングセンターなど、様々な施設が増築され、ローレンシア島で一番人気のスポットになっている。

今夜はリズと一緒に海の見えるレストランで食事する約束で、リズは一足先にハイヤーでマリーナホテルに到着している。ホテルならフロントスタッフが目を光らせ、不審者がラウンジの奥まで入ってくることもない。アルはホテルの見取り図を携帯電話で確かめ、半時間ほどなら一人で大丈夫だろうと判断した。それでも気が気でないのは、いつもの事だ。

ここ数年、アステリアの人口もうなぎ登りで、住環境も大きく様変わりしている。以前はアステリアも渡航制限が厳しく、トリヴィア政府直轄の『アステリア開発局』が発行する許可証無しに入領することはできなかった。住民といえば企業や公的機関の職員とその家族が大半で、物見遊山に訪れる者もない。その分、お互い身元が分かっている安心感があったが、今は別荘や工場だけを所有し、トリヴィアとアステリアを行ったり来たりする「準区民」も多いし、マリンスポーツを楽しむ滞在型の旅行客も増えている。それに紛れて地下組織が入り込むのも時間の問題で――もしかしたら既にルートは出来ているのかもしれないが――いつまでも安穏と構えてはおれない。それでなくても、暴行や窃盗など一般区民の犯罪も目立つようになり、先月も緑地公園で深夜デート中のカップルがナイフを手にした男に脅され、金品を奪われる事件があったばかりだ。そのような状況を考えると、「アステリアは比較的安全」などと悠長なことも言っておれず、娘が嫌がってもボディガードは必須だった。

実際、採鉱プロジェクトを企画した時から、何度娘を人質に脅迫されたか分からない。娘が知ったら卒倒するような脅しはしょっちゅうだし、私立探偵を雇って、学校の職員や交友関係を密かに調べさせたこともある。

多くの証拠が揃いながらも黒幕が決して捕まらないのは、彼らの組織が何重にも入り組み、たとえ一人が捕まっても、その指揮系統が露呈することは決してないからだ。

そして、逮捕されるのはいつも下っ端ばかり。借金まみれの失業者や住所不定の前科者。親が麻薬の常習者で、中学校すらまともに出てない底辺の若者など、彼らもまた格差社会の被害者である。

すでに採鉱プラットフォームの成功は目に見えており、連中もすっかり諦めたかと思っていたが、脅迫はエスカレートする一方で、テスト採鉱に成功した時も、インダストリアル社の向かいのバス停に、口の中にウイスキー瓶を突っ込まれた犬の死骸が放置してあった。その前は、手足をばらばらにされたプリンセス人形。首のない鳩の死骸。女性を陵辱する大量のポルノ写真。長い金髪の束に人間の歯が包まれていたこともある。

今ではたいがいの事に慣れっこになり、連中の嫌がらせも末期的と思える余裕もあるが、油断は禁物だ。『ネンブロットの蛇』と呼ばれるあの男も、年始に財界の新年会に顔を出したきり、公の場から姿を消し、いよいよお隠れとの噂を耳にしないでもない。だが、あの蛇みたいな執念だけは死の床から這い出し、敵対する者を根絶やしにするまで邪気をまき散らすだろう。

それゆえ、リズにも堅固なセキュリティをしき、行動も厳しく制限してきた。友達と映画や食事に出掛ける時も必ずボディガードを付け、ならず者がたむろするようなダウンタウンやナイトクラブには決して行かせない。たとえ家族向けのショッピングモールでも、連中は買い物客に紛れてターゲットに接近し、麻酔針を打ち込んで、一瞬のうちに車に押し込むからだ。

年頃のリズにとって、それがどれほど窮屈か、アルも分かりすぎるほど分かっている。だが、下手な情け心は死に直結する。実際、我が子の懇願に負けて、セキュリティを緩めた途端、どこかに連れ去られ、指一本だけが送り返されてくるケースも一つや二つではない。奴らの目は、本人とその家族のみならず、友人、職場関係、行きつけの店やSNSのアカウントにまで及び、ちょっとでも隙を見せれば、瞬く間に標的にされ、無残な姿で路上に放置されることになるのだ。

そうして、アル自身も運転手兼ボディガードのベルマン氏に警護され、マリーナホテルまで来ると、ガラスの回転ドアから中に入り、ロビーラウンジを見回した。

だが、娘の姿はない。

フロント係に尋ねてみると、十分ほど前、「バースを散歩する」と言付けて外に出たそうだ。

アルは上着のポケットからモバイル端末を取り出すと、追跡システムを起動した。

娘の身体に埋め込まれた超小型の発信器は、一瞬で居場所を突き止める。上流階級の婦女子が「犬の首輪」と呼んでいる最高位のセキュリティシステムだ。位置情報のみならず、本人の脈拍や体温、条件によっては周囲の音までキャッチすることができる。その音声データから、犯人の声紋や現場の状況を割り出すのだ。一〇〇パーセント有効とはいかないが、これで命拾いした人も少なくない。

程なく追跡システムの地図に赤いシグナルが現れ、娘が大型ビジターバースのベンチに腰掛けているのが分かると、アルはロビーラウンジを出て、遠目にその姿を確認した。「娘とゆっくり話したい」とベルマンに断ると、アルは娘の方に向かって歩き出し、ベルマンは数メートル離れた所から父娘の様子を窺うことにした。

娘は海に面したベンチにぽつんと腰掛けていた。朝に出掛けた時と同じ、白いスリムパンツに花柄プリントのチュニックブラウスの軽装で、一糸の乱れもない。

『朝に出掛けた時と同じ』。

これがアルにとって一番重要なのだ。

父親に叱られて頬を膨らまそうと、激しく口答えしようと、朝出かけた時の姿のまま家に戻ってくれたらそれでいい。「パパなんか嫌い」と言われても、五体満足で、口答えするほどの元気があるなら、それに勝る幸せはなかった。

アルの気配に気付くと、リズも少し後ろを振り返り、ちょっぴり決まり悪そうに唇を尖らせた。その仕草を見る限り、どうやら朝のショックからは抜け出したようだ。

イーダ夫人の話では、お風呂に入った後、リビングでインテリア誌を眺めたり、TVを見たり、普通に過ごしていたが、時々、溜め息をついたり、サテンのクッションを胸に抱えて、くすくす笑いしたり、いつもと少し様子が違っていたらしい。「海に落ちたのが、よほど堪えたのでしょう」と夫人は同情していたが、アルには理由がありありと分かる。

あの手癖の悪い海賊め。どんなスケベ笑いで娘を籠絡したのか。手の早い奴とは思っていたが、ここまで早いとは夢にも思わなかった。

娘にはまだ話してないが、接続ミッションに成功し、身辺が一段落したら、クリスマス・ホリデイを利用して、ある青年に引き合わせる予定だ。

エヴァン・エーゼル基金を通して、娘の存在がエスタブリッシュメントに広く知られるようになると、アルの元には次々と縁談が寄せられるようになった。そのうちの何人かはティーパーティーやビジネスランチの形で引き合わせたが、娘は何の関心も示さず、いずれも失敗に終わっている。

しかし、今度の青年は別格だ。年齢は三十二歳、リズより八歳年上だが、涼風のように爽やかで、実行力もある。両親ともに立派な経営者で、将来はトリヴィアの経済界を背負って立つ男と評判も高い。まあ顔は十人並みだが、顔で男の価値が決まるわけじゃなし、「この青年ならば」と大いに期待を寄せて見合いの段取りを進めている最中である。

アルがまじまじとリズの顔を見つめると、リズは幼子みたいにぺろりと舌を出し「心配かけて、ごめんなさい」と肩をすぼめた。

「まだ怒ってる?」

「いいや」

「心から反省してるわ。採鉱プラットフォームも船で気軽に行けるような気がしてたの」

「気軽に行けるのは本当だ。だが、プラットフォームの中は決して気軽じゃない。安全柵のない作業甲板もあれば、機材の上げ下ろしが頻繁な箇所もある。慣れた作業員でもクレーンの操作を誤り、ヒヤリとするほどだ。海が美しいのは見た目だけだよ」

「イーダ夫人にも聞かされたわ。プラットフォーム以外でも、海の事故で死傷する人は少なくないって」

「そうだよ。一般の観光客でも水上バイクの転覆や離岸流で命を落とすことがある。これぐらい平気、なんとなく出来そう、皆それで油断して、水の事故に巻き込まれるんだ」

リズは海に突き落とされた時のことを思い返した。フィットネスプールなら自由に動く手足も、海の中では衣類がまとわりつき、何キロもの重石を背負ったみたいだった。それに塩辛い水が喉や鼻に染みて、目も十分に開けられない。水の中で息苦しく感じたのは、決して彼のせいだけではない。

「怖いと思うなら、明日にもトリヴィアに帰っていいんだよ。ビジネス便ならいつでも手配できる」

だが、リズは首を振り、「私、海が好きだわ」と呟いた。

「一見、縹渺(ひょうびょう)と見えるけど、その奥底には力強いエネルギーが渦巻いている。でも、決して野卑ではなく、生命の揺りかごみたいに温かい。ひと度、その魅力に捉えられたら、誰だって愛さずにいられなくなる……」

「それはヴァルター・フォーゲルのことを言ってるのかね?」

アルがずばりその名を口にすると、リズはたじろぐように父の顔を見上げた。

「お前が興味を惹かれるのも当然だ。彼は今まで出会った他の誰とも違う。内に計り知れないエネルギーを秘めているからね」

「パパは何を期待しているの?」

Luctor et Emergoだよ。ネーデルラントにはそういう標語があるらしい」

アルは先日、ある人物と電話で話したことを思い返した。

『リング』の鳥瞰図は既に専門家の手に渡り、技術検証もさせている。メインで引き受けた人物は事の経緯を知ると、

「あなたって、まるで悪魔ね。その坊やからアイデアを奪って、自分の物にしようというの? アステリアに入れ込みすぎて、ついに理性が狂ったんじゃないの」

と冷ややかに言った。

「奪うつもりはない。だが、いざとなれば数億で買うと言ってるだけだ」

「それは無理ね。あの坊やは絶対に売らない。死んだ父ちゃんの思い出にすがって生きてるんでしょ。あなたに利用されるぐらいなら、リングと心中するわよ、ファイルは破棄して、あなたにも永久に心を開かない。ともあれ、あたしもリングは気に入ったし、実作可能か、技術検証も進めるわ。だけども、あなたのシナリオ通りに運んだとして、果たして坊やがあなたに感謝するでしょうかしらね。下手すれば、あなたの方が通信法違反や意匠盗用で訴えられて、晩節を汚すわよ」

相手は言いたい事を言って、がちゃりと電話を切った。

相変わらず、人を食った奴だと不快感が収まらなかったが、確かに真相を知れば、あの男は怒り狂い、今度は自分自身が訴訟も辞さないだろう。

そうと分かっても、入手せずにいられなかった。『リング』はアステリアの未来のみならず、人々の暮らしや価値観も根こそぎ変えるほど革新的なアイデアからだ。

もちろん、無断で画像ファイルをコピーした時から相打ちは覚悟の上。自分だけ無傷で許されようなどと思ってない。心中というならアルも同じだ。もはや引き返す道などない。

アルが思い巡らせていると、リズが水色の瞳を瞬きながら言った。

「でも、パパは信じているのでしょう。そうでなければ、人生を懸けたミッションに、一年以上もブランクのあるパイロットを連れて来たりしないわ」

「彼には可能性があるからね」

「アステリアの海と同じね」

リズは目の前の海を見渡した。

「一見、何も無さそうだけど、深い海の底には世界を変える鉱物が眠ってる。でも、それが浮かび上がるかどうかは、その人次第なの」

「そうだよ、リズ。お前にも世界を変える力はある。自分で気付いてないだけで、誰の中にも未明の光は存在する。だが、水面に浮き上がるには、自分で思い切り水底を蹴らないといけない。そこで初めて、運という浮力が手助けしてくれる」

「パパは手助けしないの?」

「何でもかんでも手助けすれば大成するものでもない。迷い、過ち、痛い目に遭ってから、ようやく気付くこともある。良くも悪くも、あの男は多情多感だ。行き場のないマグマみたいに自分を持て余している。だが、何かを成すなら、それぐらい情念の濃い方がいい。あの男も今は心が塞いで盲目だが、流れ出る先が見つかれば、岩をも砕く激流になる」

リズは不思議そうに父の横顔を見つめた。

父が誰かについて、こうも確信をもって語るのは珍しい。父はあの人に何を見ているのだろう。そして、採鉱プラットフォーム以外にも目的があるのだろうか。

リズもまた海の彼方を見やると、父が信じるなら、私も信じよう。そして、この海に何が起きるか、この目で見届けたいと思った。

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Luctor et Emergo(私は闘い、水の中から姿を現す)~ゼーラント州の標語より
本作のモットーである『Luctor et Emerge』はオランダ・ゼーラント州の州旗に刻まれたラテン語の名句です。州旗と英訳を併せて紹介。

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この記事を書いた人

石田朋子

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。科学番組の全盛期に子供時代を過ごした影響でSFを書いています。モットーは『Newtonから月刊ムー』まで。文芸とサイエンスを融合した新しいスタイルの作品を手掛けています。

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